第二話 4-8


 東京スカイツリーまでは、駅から歩いてすぐだった。


 階下に広がる東京ソラマチを抜けて、四階のエレベーターから天望デッキを目指す。さらにその天望デッキでエレベーターを乗り換えて、第二展望台とも言える天望回廊へと向かうことになる。


「スカイツリーって来るのはじめてなんだよ。何だかどきどきしてきた」


もか。実は俺もなんだ」


「そっか、はじめて同士だね~」


 天望デッキまでのエレベーターは四基あって、それぞれ春夏秋冬をイメージしているとのことだった。俺たちが乗ったのは季節にふさわしく春のエレベーター。天井部にあるディスプレイに桜吹雪のCGが美しく舞っている。


「春かぁ、春って何だか気持ちがうきうきしてくるよね~」


は、春が好きなの?」


「うん、好きだよ。お母さんの名前に使われてるからね。やさしい感じがする。あ、でも夏も秋も好き。元気なイメージとおしとやかなイメージかな。冬だけがいまいちかなあ。なんかごついっていうか……」


「ごつい?」


 冬の何がごついんだろう。シロクマ?


 そんな会話を交わしながら、さらに天望デッキでエレベーターを乗り換えて、天望回廊下部のフロア445へと辿たどく。


 ここから上部にあるフロア450へは、スロープ状の通路を歩いて向かうみたいだ。


「わ~、すごいすごい、外が見えるよ!」


「おお……」


 さすがに日本一の高層建築物だけあって、窓から見える景色はため息が出るようなものだった。絶景すぎて眼下の光景がミニチュアのように見えてくる。ほう、人がゴミのようだ……(一度言ってみたかった)。


 はところどころで写真を撮りながら歩いていたけれど、その途中で何かを見付けてふいに「あ」と足を止めた。


「ねえねえ、せんせー、あれやってみようよ!」


「え?」


「ほら、そこのフォトサービス。記念に写真を撮ってもらえるんだって。せっかく来たんだから、せんせーと撮りたいなって」


 そういうのは確かにいいかもしれない。


 高校生にとっては安くないチケット代を払ってここまで上ってきているわけである。ただ黙々とガチャを回して渋いガチャ職人のごとく去るのではもったいない。


「すみませーん、二人お願いします」


 がそう声をかけると、受付のお姉さんがにこやかに応対してくれた。


 二人で並んで、写真を撮ってもらう。



 向日葵ひまわりが咲くような輝かしい笑みを浮かべるの横で、俺は見事に白目をいていた。


「あ、これでも撮ってもらっていいですか?」


 そこでもは自分のスマホを渡して写真を撮ってもらっていた。なるほど、メモリアルか……


「あはは、せんせー、目つむっちゃってる」


だって、微妙に向いてる方向があってないじゃん」


「そだね。あはは」


 うん、何だかこんな会話をしているだけで楽しい。


 写真を受け取った俺たちは、再度フロア450へと向かって歩き出す。


 と、がふいにこう口にした。


「何だかこうゆうのって……デートみたいだね」


「ふぁっく!?」


 思わず仏教におけるきれいな言葉を使いましょうという教えみたいな声が出てしまった。


 い、今、何ておつしやったんですかね?


「ほら、だってこうゆう風に男の子と女の子が二人で遊びに行くのって、デートっていうんじゃないの? あ、てゆっても、わたし、男の子とどこかに出かけたのってこれがはじめてだからそんな偉そうに言えないんだけど……あはは」


 ぺろっと舌を出しながらそんなことを言う。


「え、はじめてって、そうなんだ……?」


「うん、そだよ。お父さんとなら昔にあるけど、それだけかな」


 意外すぎる事実だ。


 何ていうか、伝説の人斬りと称されている人が実は暗殺は初めてですって言っているようなもの。


 くらいかわいくてひとなつこくてコミュ力が高ければ、引く手なんてあまたどころか千手観音だろうに。


 そう伝えると、はぶんぶんと顔の前で手を振った。


「そ、そんなことないよっ! わたしなんて、ずっとガリ勉で、コミュ障で、ぜんぜん人と話してこなかったんだから。どっちかといえばぼっちで、友だちといえば家で飼ってるアロワナのミハエルくんとハリネズミのマルガリータさんくらいだったし……」


 え、それは悲しすぎませんか。


 ぼっちというかほとんど心を閉ざしたいぬレベルな気が。


「や、いくら何でもそこまで……」


「ほ、ほんとだって! だから部活とかでだれかとしやべるのだってすごく緊張してるんだよ~。ああいうのってひさしぶりっていうか……あ、せんせーは何だかぜんぜんこれっぽっちも身構えないでミハエルくんに話しかけるのと同じくらい気軽におしやべりできるんだけど」


 そんな風にはぜんぜん見えないんだけどなあ。


 あと俺は何なんですかね、アロワナ系男子?


「やっぱりそれは言い過ぎじゃないか? 、普通に友だちとか多そうに見えるんだけど」


「……」


 その何気ない俺の言葉に、ふとは視線を落とした。


「?」


「…………」


?」


「…………せんせーは、まだ……らない……から……」


「?」




「……こんなの……して…………のに……」




 その言葉は、周囲の雑踏にかき消されて、よく聞こえなかった。


「ええと……」


「あ、う、ううん、何でもないの!」


「??」


「と、とにかく、せんせーといっしょにいるとすっごく楽しいってこと。こんなに楽しいのははじめてかもしれないよ~」


「そ、そっか……」


 何であれ、いっしょにいて楽しいと言われて悪い気はしない。さらにその相手がとなれば、それはもうこの場で三回回って「にゃーん」と鳴いてもいいくらいのごほうだ。






 そして俺たちは地上四百五十メートルの景色を前に、スマホを構える。


 そう……ここでようやく冒頭の場面に戻るんだよ。


「それじゃあ……やるよ?」


「ああ」


 これ以上ないってくらいに真剣な表情をした


 聖戦に赴く戦士みたいな目で、ガチャの召喚ボタンをタップする。


 天空からの日差しを受けながら光り輝く魔法陣。


 その中から出てきたのは……


「……」


「……」


 全身に拘束具を着けた筋肉質のおっさんだった。


「……う~、ねえ、せんせー?」


「……ん?」


「……これ、やっぱり壊れてるんじゃないかなあ? 何回やっても同じようなのしか出てこないんだけど」


「……」


「こ、こうなったら、めてたお年玉を崩してもう一回やってみるしか……ここで諦めたらわたしはこの愉快な顔をしたおじさんに負けたことになっちゃうよ……!」


「は、早まるなって! まだこれからサンシャイン60にも行くんだから」


「そ、そうだけど~……」


 まあ……気持ちは分かる。


 最初に部室棟裏で回してから、今ここで一回やるまでにガチャを回した回数は二十三回。


 十連が二回と単発が三回で、使った金額はおよそ五千円。


 その結果、出たキャラの六割が変なおっさんか醜悪なクリムゾンであり、残りの四割が魔装である。や、冷静に考えてひどい排出率だな、これ。


 セミの抜け殻みたいな目をしているに、声をかける。


「ほ、ほら、まだチャンスはあるって。サンシャイン60の方が本命だから。水族館と展望台で、二つ聖地もあるし」


「それはそうだけどさ~……」


「ここで召喚石を使い切ったら元も子もないって。な?」


「む~……」


 どこか納得のいかない顔のを連れて、東京スカイツリーを後にしたのだった。






 ・ざかの秘密⑲(秘密レベルA)


 友だちがアロワナとハリネズミ。


 ・ざかの秘密⑳(秘密レベルB)


 意外と負けず嫌い。

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