第一話 5-14
「……確認するけど、つまり
「……うう……」
俺の問いに、
「イラストなんてまったくこれっぽっちも描けなくて、それどころか『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』もまともに見たことすらない、と……?」
「……」
さらにこくり。もうその目にはほとんどハイライトが入っていない。完全に死んだ目だ。目の端には再び涙が浮かんでいる。
うーん、まいった。
これはどうしたものか。
意外すぎる事情は分かったものの、それを聞いたところでどういうリアクションをしたらいいのか分からない。〝アキバ系〟であることを隠そうとするのなら見たことがなくもないけれど、〝アキバ系〟でないことを隠そうとするなんて、遭遇したことのないケースだ。
「何だって、そんなことに……」
そのことを尋ねると、
「……勘違い、されて……」
「勘違い?」
「……うん。わたしのお姉ちゃん……
ああ、そういえば
──伝説の『
いわくイラストの腕はプロ級で在学中から仕事の依頼があった、いわく小説では投稿していたサイトで常にランキング上位だった、いわくアニメに出て声優をやったことがある、etcetc。どれも実際に見てない立場からすれば眉唾ものなところもあるけど、妹である
で、部長たちは
聞いてしまえば単純な話だ。
まあ部長や三Kたちは思い込みが強い方だし、それ自体は分からなくもないといえば分からなくもないんだけれど……
「うーん、でも、だったら正直にそう言うしかないんじゃないか? 部長たちは勘違いしてて、
自分でも至極まっとうだと思われる意見に、しかし
「そ、それはだめなの!」
「? どうして?」
「そ、それは……」
俺の問いに
何かを
だけどやがて何か覚悟を決めたかのように小さく顔を上げて、こう口にした。
「わたしは……お姉ちゃんになりたいの」
「お姉さんに……?」
「……うん」
「
「?
「……わたしは、違うよ」
その言葉に、
「わたしは……ぜんぜん完璧なんかじゃない。うまく誤魔化して、そう見せてるだけ。今のこの周りからのイメージだって、必死に努力してがんばって、やっとそれっぽいものを作り上げてるだけなんだよ。勉強も、運動も、性格も、趣味も、全部。お姉ちゃんが笑いながら当たり前みたいにこなしてきたことを、その何十倍の時間をかけて、ようやく背中が見えるところまできたってだけ」
「……」
「ほんとのわたしは、お姉ちゃんみたいにおしとやかで上品でもなければ、大人っぽくもない。
劣等生。
うーん、一般人から見れば優等生で完璧超人始祖の見本みたいな
「……だからわたしにはお姉ちゃんみたいに趣味を、〝アキバ系〟を楽しむ余裕なんて、今までこれっぽっちもなかった。お姉ちゃんが大好きだっていう『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』にも、〝アキバ系〟にもずっとずっと興味はあった。だけど……そっちに目を向けている時間なんてなかった。その時を生きるだけで必死だった。でも高校に入学して……やっと少しだけ余裕ができたの。勉強や習い事以外にも使える時間ができたんだよ。だから『AMW研究会』に勧誘された時は、
そこで
瞳の奥に強い光を宿して俺の方を見ると、
「だからわたしは……お姉ちゃんが
きっぱりと、そう言い切った。
「……」
お姉ちゃんになる、か……
そんなのはきっと、いいことばかりではないだろうに。
だけどその言葉からは、並々ならぬ決意のようなものがうかがえた。きっと
そしてその目的のためには、こんな高校生活の初っぱなでお姉ちゃんルートから大幅に外れるわけにはいかないってわけか……
うん、それは分かった。
そのこと自体は彼女の意思であり覚悟であるわけだから、外野が余計な口出しをすることじゃないと思う。
だけど。
「だからって、俺に助けてくれって言われても……」
俺はイラストを描けないし、自分で描こうと思ったことすらない。アキバ系知識もしょせんは人並みでしかない。ゆえに
それなのに
「それは分かってる、分かってるの……でも、お願い、助けて……!」
「だけど……」
「こ、このことを……わたしの〝秘密〟を知ってるのは、
ぎゅっと胸にすがりついて、泣きそうな顔でそう懇願してくる。
「…………」
正直、何とかできるとはぜんぜん思えない。
言ってしまえばそもそもそんな義務も責任もないわけだし、関わったところで面倒なことになるのは、ニトログリセリンに着火すれば大爆発が起こるくらいに目に見えている。
だけど。
だけどさ。
こんな風に女の子から泣きそうな顔で必死に頼まれて、さらにはその相手はあの
だから俺は、こう答えた。
「……分かった」
「え……?」
「協力、する。だけど俺にできることだけだからな」
「あ……」
それを聞いた
だけどすぐにその表情をぱあっと輝かせると、
「う……うんっ! よろしくお願いします……っ……!」
深々と頭を下げて、そう言ったのだった。
──こうして、〝秘密〟を打ち明けられた俺は、
だけどこれは。
実のところ彼女の……
・
実は〝アキバ系〟じゃない。
・
イラストが描けない。
・
素のキャラは意外と親しみやすい。
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