第一話 6-14


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 授業はほとんど頭に入ってこないまま、放課後になった。


 終業のチャイムが鳴り響き、教室がけんそうに包まれる。


 俺はバイトや委員会もやっていないし、ラノベの主人公のように放課後限定で魔術師やら秘密のちようほう員やらをやったりしていることもない。いつもだったらふゆとだべりながら部活に向かうのが常である。


 だけど今日は……




「──さわむらさん、いっしょに帰りましょう♪」




「お……」


 ざかさんが、それだけで耳が幸せになるようなマヌカハニーボイスで、にこやかにそう声をかけてきた。


 途端に周りにいたクラスメイトたちがざわりと顔を上げて、クラス中の視線がマンガの効果線みたいにこっちに集中する。


「お、おい、どういうことだよ……?」


「何でさわむらのやつがあんなにざかさんと親しげに……」


「確か同じ部活だったはずだけど、いつの間にそこまで仲良くなったんだ……!?」


 ひそひそとそんな話し声が聞こえてくる。うん、それは学園のアイドルであるざかさんが俺みたいな『特技:耳を動かせること』以外にとりたてて特筆するところのないやつをいっしょに帰ろうと誘っているんだから仕方がないとは思う。だけど中には「どうして私たちのざかさんが……」とか「あいつ、許せない……」とか「……さわむら、絶対に殺してやるんだから……(震え声)」とかが聞こえてきて(しかも全部女子)、ちょっとだけ身の危険を覚えてしまった。


 うーん、それは昨日、彼女に協力するという約束をしたわけだから、声をかけてくるというのは自然な流れなのだけど、だったらもうちょっと目立たないというか穏便な方法で接触してきてほしかったなと思ってしまう。うう、視線が痛い……


 周囲からの視線に針のむしろのようになっていると、あんまり空気を読まないふゆがいつものごとく明るい声で話しかけてきた。


「あれれ、今日は部活行かないの、よしー?」


「ん、悪い。ちょっと今日は用事があって」


「用事って、ざかさんとー?」


「あ、うん」


「ふーん、そっかー。ざかさんとよしって、珍しい組み合わせだねー。でも分かったよー。部長には二人は休みだって言っとくからー」


「あー、ごめんな」


「いいよいいよー。じゃあまた明日ねー!」


 そうにっこりと笑うと、ふゆは手を振りながら走り去っていった。その様子に、「ちっ、ざかさんと仲良くしながらあさくらさんともいちゃつくのかよ……いいご身分だな」「おれらの姫を使いっぱしりにするとか何様だよ……」「SATUGAIしてやる……」とさらに教室内から舌打ちが聞こえてきた。ふゆも、ああ見えてクラスの一部で人気があるんだよね……


「え、ええと……それじゃ行こうか、ざかさん」


「あ、はい」


 とりあえず教室にいると明日からの平穏な学校生活が保障されなかったため、ざかさんを連れて急いでその場から離れる。


 とはいえ教室を出た後でも、廊下や昇降口で注目を浴びて大変だった。動物園のパンダはきっとこんな気分なんだろう。それはストレスで鼻も白くなるわ。むしろ教室の中の方が上級生や他クラスの生徒がいなかっただけマシだったくらいだ。


 改めて、ざかさんが周囲に及ぼす影響力ってすごいんだなと実感する。


 でもそれもむべなるかな。


 何ていうか……こうして改めて見てみても、ざかさんはものすごい美人だ。


 美人だし、かわいいし、しらが咲きほこったみたいな上品なオーラがあるし……それに昨日は気付かなかったけど、何だかいい匂いがする。花の香りみたいなせつけんの香りみたいなフローラル的なかぐわしい香りで……包まれていると、それだけでヤク漬け(マタタビ)にされたねこみたいになってくる。いつまでも嗅いでいたくなってしまうというか……


「? どうかされましたか?」


「! え、あ、や、何でもないです!」


 クンクンしてたのとかばれてないよね!?


「??」


 不思議そうな顔をするざかさんと二人で並んで校門を出て、駅へと向かう。


 そこから電車をいくつか乗り継いで、駅から少し歩いて。


 やって来たのは、カラオケボックスだった。


「……ふう、ここまで来ればだいじょぶかな」


 ざかさんが、「ん~」と伸びをして言った。


「カラオケって……歌うの?」


「違うよ~。イラストの特訓をするんだよ。ほら、カラオケは個室だから落ち着いて作業ができるし、フリータイムで入ると料金もお得……ってネットに書いてあったから」


 お嬢様なのに意外とそういうところはしっかりしているんですね。


 ともあれ確かにカラオケボックスは秘密の特訓場所として最適かもしれなかった。


 入り口で受付を済ませて部屋へと入る。六畳ほどのさして広くはない部屋だ。注文した飲み物を置いて店員さんが去ると、部屋の中には俺たち二人だけになった。


「さ、やるぞ~」


 そう言うと、ざかさんは頭の横で髪の毛を二つ結びにした。


 いわゆる、ツインテールってやつだ。


「こうすると何だか気合いが入るんだよ。えへへっ」


 見ているだけで元気が出てきそうな笑みを浮かべてそう口にする。


 よく分からないけど、そういうものなのだろうか。


 まあ何であってもやる気を出してくれているのはいいことだと思う。


 ところがその直後に、ざかさんは唇に人差し指を当てながらこんな言葉を口にした。


「──で、特訓なんだけど」


「うん」


「何からやればいいのかな?」


 俺は盛大にずっこけた。

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