第三話 4-11


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 さて、ここでホームパーティーの定義について少しだけ確認しておきたい。


 ホームパーティーとは読んで字のごとく、自宅でやるパーティーだ。


 自宅に近所の人や親しい家族などを招いて開催されるもので、招かれたお客は各自がそれぞれ料理やちょっとした差し入れなんかを持ちこんだりする。アットホームな雰囲気の中、小さなテーブルを囲んで親しげな空気で会話をしたりして、時折笑いが起こる。どちらかと言えばこぢんまりとしていて少数で……という認識だった。


 前にも言った通り、寿パーティーなんかがその一例だと言えるかもしれない。


 それを踏まえた上で、現状を見てみよう。


「……」


 まず会場は、教室二つ分ほどの広さの部屋だった。


 部屋の中にいる人たちは俺たちを入れて二十人ほどで、ワイングラスを傾けたりソファで談笑したりしている。この時点ですでにこぢんまりとした雰囲気はない。そして立食形式なのか、ローストビーフやらカルパッチョやらのしそうな料理が並んだテーブルが部屋のあちこちにいくつも置かれている。そのそばにはきゆう役のメイドさんが何人も控えていて、リクエストに応じて料理を取り分けている。さらにその近くには楽器を手にした明らかにプロの音楽家と思われる人たちがいて、クラシックを生演奏していた。


 ……うん、ホーム要素がどこにあるのかがさっぱり分からない。


「わー、すごいすごいー! 本物のメイドさんがこれでもかってくらいたくさんいるー! メイドさんの花園だー! 楽園だー!」


「よりどりみどりですな。ここはぜひ本物のきゆうというものを体感しなくてはなりますまい!」


「僕たちも続くとしましょう」


「メイドさん! そこのメロンに生ハムをのっけて俺に食べさせてくれ……!」


 ふゆたちは細かいことは気にせずに、メイドさんと料理に向かって猫まっしぐらである。うん、いいなあ、できれば俺もああいう風に自由に生きたいなあ……


 一目散に走り去っていった『AMW研究会』の面々を、と並んで眺めながら思う。


「それにしてもすごいな……ホームパーティーっていうから、もっと少ない人数でやるのかと思ってた」


「あ、すみません。おかーさんのお友だちや、お父様の仕事の関係の方もいらしているので、思った以上にたくさんになってしまって……」


「あ、いや、別にイヤだっていうわけじゃなくて! ただ驚いただけだから……」


 寿パーティーのへんりんもないことに。


 その返答にが「そうですか、よかったです……」と胸をなで下ろす。


「あ、よかったらお料理をお取りしましょうか?」


「え?」


「どれもとってもしいですよ。料理長のあゆさんという方が作ってくださっているのですが、和洋中エスニック全て絶品なんです。ちょっと待っていてください」


「え、いや、自分で取れるから大丈夫──」


 だけどは俺の言葉を待たず、


「遠慮しないでください。さわむらさんたちはお客様なんですから、ドンと構えていてくだされば大丈夫です。張り切って盛り付けちゃいますね!」


 そう言うと、とてとてとテーブルの方へと歩いていった。近くのメイドさんが慌ててきゆうしようとするも、それを笑顔で制して手ずから料理を取り分ける。


 しばらくして皿の上を料理でいっぱいにして、は戻ってきた。


「取ってきました、さわむらさん」


「サ、サンキュ」


「えへへ」


 何だかすごくうれしそうな


 何だろう、何だか投げられたオモチャをくわえてきてシッポをちぎれんばかりに振りながら満足げな表情を浮かべるいぬを連想してしまう。ものすごく小動物っぽい。


 そしてここで、はさらに予想外の行動に出た。


「はい、どうぞ」


 そう言って、皿の上のカルパッチョを箸でつまんでこっちに差し出してくる。


「! ど、どうぞ、とは……?」


「え、あ~んですよ?」


「!!」


 そ、それはまずくないですかね!?


 仮にもざか家のお嬢様であるが人前でそんなこと(あーん)をするのは色々と問題があるんじゃなかろうか。ほ、ほら、周りの人たちもすっごい見てるし……


「……?(じ~)」


「……」


「……??(じ~っ)」


「う……」


 とはいえそんなに無邪気でぐな瞳で見つめられたらお断りすることもできないじゃないですか……


 覚悟を決めて口を開ける。


「あ、あーん……」


「どうぞ♪」



 の手が伸ばされ、カワハギのカルパッチョが口の中へと運ばれる。あ、ほんとだ、このカルパッチョめちゃくちゃしい……


「ふふふ、気に入ってもらえてよかったです。しいものを食べると、ほっぺたが落ちそうになっちゃいますよね♪」


 おまけに──ああ、もう、がやばいくらいにかわいい。


 最近はずっとひとなつこい方のに接してきていたけど、お嬢様なもそれとはまた違う上品かつぽわぽわとした魅力が満載で……何かもう今死んでも──いや、パソコンのハードディスクの中身を完全に削除するまでは死ねないけども──それでも思い残しとかはほとんどない気がする……


 頬が緩んで口にしているカワハギよりもブサイクな顔になっていると、はぽんと胸の前で手をたたいた。


「あ、そうです、忘れていました」


「ん?」


「あのですね……」


 背伸びをしてそのまま顔を寄せ、こっそりと耳打ちをすると、


(実は……さわむらさんにお見せしたいものがあるんです)


 ささやくようにそう言ってきた。


 耳元に柔らかな吐息が当たり、図らずも身体がビクリと反応する。も、もう完全にりにきているとしか思えない……


(み、見せたいもの?)


(はい。ですのであとで──)


 が楽しそうな笑顔で何かを続けかけて、




「──やあ、こんにちは、ざかさん」




 ドンッ……!


 突然ぶつかってきた何かに強引にさえぎられた。


 満員電車で位置取りに負けたサラリーマンのようにきりもみ状にはじされる。


 ちょ、何だ……と見上げると、そこには見事なまでにと俺との間に立ち塞がるように割り込んでいる人影があった。


「あ、え、ええと、あなたは……」


おかですよ、ざかさん。おかりゆうです」


 芝居がかった仕草で前髪をかき上げる茶髪ロン毛のその顔面には、見覚えがあった。


 あ、こいつ、確か……同じはくじよう学園一年のおかだ。

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