第四話 4-13


 まずは軽く腹ごしらえということで、屋台をいくつか見て回ることにした。


 と二人でたくさんの屋台が並んだ校庭に出る。


 どちらかといえば内輪のお祭りといった感の強かった中学のものと比べて、さすがに高校の文化祭は規模が違った。


 焼きそばやタコ焼きの定番屋台なんて当たり前として、リンゴあめやアンズあめ、トムヤムクンやケバブの屋台なんてものまである。


「すごい、壮観です……! どれから行きましょうか、さわむらさん」


「うーん、そうだなあ……」


 やっぱり屋台といえば最初は粉物だろう。


 その中でもお好み焼きとタコ焼きで迷うところだけど、タコ焼きの方が食べやすいのでそっちにすることにする。


 食欲をそそる湯気を上げるタコ焼きを一パック買って、に手渡した。


「わあ、これがタコ焼きなんですね。ええと、どうやって食べたらいいんでしょう? ナイフとフォークで切り分けて……?」


 え、何を言い出してるの、さん。


「もしかして、……」


「はい、タコ焼きを食べるの、はじめてなんです」


 やっぱり。


 まあゆいしよ正しい庶民料理ですからね……


「ええと、タコ焼きはそのまま食べれば大丈夫だから」


「そうなんですか?」


「うん。熱いかもしれないから気を付けて」


「分かりました。では失礼をして……はふ……はふ……わ、熱いけど、おいしいです」


 幸せそうな顔をして頬張っている。


 なんか冬眠前に頬袋をいっぱいにしてるリスみたいでかわいいな……


さわむらさんもどうですか?」


「あ、うん、もらう──」


「どうぞ、あ~ん」


「!」


 まさかの「あーん」リバイバル!


 この前以来の二度目であるため動揺は少なめだけど、あの時と違うのはここは学校のど真ん中ってことである。当然周りにはを女神とあがめる生徒たちが狂信者のように群がっているわけであって……


「な──あ、あいつ、何をやっているの……!」「カバみたいに間抜けに口を開けて……」「ざかさんにあーんをさせている……だと……」「ああん!?」


 当然そういう反応がきますよね!


 そんなのはこっちとしても百も承知である。とはいっても飼い主の前でお手をしようと待ち受けるいぬみたいな顔で「あ~ん」スタンバイをしているを無下にすることなんてできやしない。


 覚悟をして、口を開ける。


 熱々のタコ焼きがの手によってそっと口に運ばれ、歯ごたえのあるタコの脚が舌の上でモチモチと弾むように躍るけれど、正直味なんてさっぱり分からない。


「あいつの幸せそうな顔──許せない……!」「タコの触手プレイをしてるコラを作って拡散させてやろうか……!」「ついでにタコ殴りにしてやる」「やってやろうぜ!」


 ああ、今日が(社会的)命日か……


 幸せそうににこにこと笑みを浮かべるを見ながらそんなことを思っていると、ふいにメインステージの方から歓声が上がるのが聞こえた。


「? 何でしょう?」


 がちょこんと首を傾けた。


「ええと……この時間はなんかアーティストが来てるって。あ、ひめみやみらんだ」


 ひめみやみらん。


 アニソン界の女王と呼ばれている有名なアーティストだ。


 紅白にも何回か出場したことがあるとかで、以前に見ていたアニメの主題歌などで聞いたことがあったけど、生で聞くのは当然これがはじめてだった。


「いい曲ですね……」


 がうっとりとそう口にする。


 うん、確かにい曲だ。繊細なんだけど力強さを兼ね備えていて、その独特の歌声は耳に残る。声量もある。分からないけど、以前にテレビから流れているものを聞いた時よりもピッチがしっかりしているような気がする。データで聞くよりも生で聞く方がうまく聞こえるのって、相当にすごいことだと思う。


 ふと見ると、周りの生徒たちもその歌声にれていた。


 全員の目がメインステージの方に注がれている。


 あ、もしかして今なら逃げられるかも……!


、行こう……!」


「え? あ、はい」


 を促して、その場からハイエナに包囲されたインパラのように離脱したのだった。






 危うく最後のばんさんになりかけたタコ焼きの屋台を離れ、次に回る屋台を探していると、


「あ、さわむらさん、あれが食べたいです!」


「ん?」


 が指さした先にあったもの。


「あ、かき氷か」


 それはかき氷の屋台だった。


 まだ午前中とはいえ、さすがに七月の陽気だけあってかなり暑い。校庭の向こうに陽炎かげろうとかが見える。確かにこの暑さだと、冷たいものが欲しくなってくる気持ちはよく分かった。


「よし、じゃあかき氷を食べよう」


 屋台に足を向けて、イチゴと練乳を買う。


はこっちだったよね。はい」


「ありがとうございます」


 にイチゴ味を手渡して、真っ白な練乳のかかったかき氷を口に運ぶ。


 うん、うまい。頭にキーンとくるけどそれもまた一興というか、いかにも夏っていう感じがする。


 と、が俺の手元をじーっと見つめていた。


さわむらさんのは何味ですか?」


「ん? こっちは練乳だけど」


「練乳……おいしそうです」


「一口食べる?」


「え、いいんですか?」


「ん、もちろん」


 そう言ってのスプーンで取りやすいように差し出そうとして、


「それではいただきますね。──えいっ♪」


 ぱくっ。


「!」


 小鳥みたいに首を伸ばして、がこっちの練乳を小さくついばんだ。


「わ、ほんとです。甘くておいしい……♪」


「……」


「あ、ごめんなさい。おいしそうだったので、つい……」


「い、いや、それはいいんだけど……」


 そこ……さっきまで俺が口をつけてたところなんですが……


「あ、よかったらこちらのイチゴもどうぞです」


「え!」


「練乳のお返しです。どうぞ、がぶっといっちゃってください」


「……」


「……」


 曇りのない無邪気な目で見つめてくる。


「じゃ、じゃあ……」


「はい、遠慮なく」


「い、いただきます」


 パクリ。


 ひようせつみたいな擬音とともに、思い切ってかぶりついた。


 口に広がる甘いイチゴの香り(初恋の味はイチゴ味って本当かな……)。が口をつけていたところにダイレクトにいくことは……さすがにできませんでした(チキン)。


「どうですか、イチゴ味」


「う、うん、うまい」


「ですよね。えへへ」


 何だろう、幸せすぎる。明日あたり突然不条理なデスゲームにでも巻き込まれて死ぬのかな……

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