第四話 3-13


 もう一つは、秋葉原にあるレストランカラオケに行ったこと。


 目的はそのカラオケ店と『MGO』とのコラボだった。


 店舗に行ってコラボされたメニューやドリンクを頼むと、描き下ろしイラストのノベルティがもらえるのだという。


「わたしはこれにしよ~。『マホちゃんのマジカルレインボーカクテル』」


「ん、いいんじゃないか」


「せんせーはどうするの?」


「んっと、これにしようか」


 メニュー欄の一番端にひっそりとあった『イカクリムゾンの醜悪なアヒージョ』。


 いやほら、イカクリムゾンとは何かと縁があることだし何となく親近感があるというか……


『マホちゃんのマジカルレインボーカクテル』は名前の通り七色に輝くノンアルコールカクテル(ジュース)で、見た目も味もこれでもかとばかりにキラキラとした逸品だった。


『イカクリムゾンの醜悪なアヒージョ』は大量にまぶされたイカスミが毒々しくて、見た目は食欲を著しく減退させる一品だった。頼んでおいて何だけどどうしてこれをコラボした……


「ん~、おいしい。マホちゃんの味がするよ~」


 がルンルンな表情でマホちゃんドリンクを全部飲みきって、俺が口の周りをドス黒く染めながらアヒージョを完食する。醜悪なアヒージョ、見た目は文字通り醜悪だったけど味はおいしかった。


「あはは、せんせー、お口の周りが黒ヒゲみたいだよ~」


 しょうがないじゃないですか……




 そんな風に『マホちゃん』漬けの毎日を過ごしていった。


 の物覚えはさすがという他ない見事なもので、みるみる内に新しい知識を吸収していった。


 もともと一つのことにはまりこむとその集中力が達人並みな上に、デフォルトの記憶力や理解力がさすがにはんじゃないときている。


 一を聞いて十を知るどころか気が付いたら新しい公式を作り出していたレベル。


 今や『マホちゃん』に関することだけなら、ふゆとも向こうを張れるんじゃないかってほどになっていた。


「ここのマジカル神聖文字は実はアナグラムなんだよね~。アルファベットに直した後に並べ替えて一定の法則に置き換えると呪文の詠唱になって……」


「どこで覚えたの、その知識……?」


「え? 普通に第五話で出てきてたよ~。マホちゃんが図書室で読んでた本の百五十八ページに載ってたんだ~」


「普通それには気付かないって……」


「えー、そうかな?」


 もはや考察サイトもしのぐかと言うほどの高い水準。


『マホちゃん』については俺から口を出せることはもうないかもしれません。






 ・ざかの秘密㊳(秘密レベルC)


 意外と優柔不断。


 ・ざかの秘密㊴(秘密レベルC)


『マホちゃんのマジカルレインボーカクテル』がお気に入り。


 ・ざかの秘密㊵(秘密レベルA)


『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』についての知識はマスターレベル。








 そしてまたたに一週間は過ぎていき。


 ──『はくほう祭』の日はやって来た。






    2




 中学でも高校でも、文化祭のかもす雰囲気が特別なものだってことには変わりはない。


 何というか、空気からして違う。


 お祭りというかパーティーというか、そういった非日常な空気が温泉街の湯気のように至るところからあふれ出ている。そのワクワク感は何ていうか定期的に休載する人気マンガの連載再開の日だったり、延期に延期を繰り返してようやくリリースまでこぎつけられた新作ゲームの発売日なんかに似ていた。


「わあ、何だかアミューズメントパークみたいです……!」


 様々な出し物にいろどられた校内を見回して、が声を上げる。


 すでに開場されたしき内には普段とは違う飾り付けがされ、あちこちで見慣れない他校の制服や私服のお客さんたちが多く行き来していた。


「あそこにあるのはタコ焼きの屋台で、あっちにあるのは射的でしょうか、向こうにはダンスを踊っている人たちが見えます」


「中庭ではふゆたちが『マホちゃん』のコスプレをしてるな。……三Kたちも」


 なぜかわざわざ女性キャラの。ここからでも見えるすね毛が目の毒すぎる……


「楽しそうです……♪」


 興奮を隠しきれない様子でが目をきらきらと輝かせる。いちおう確認しますけどそれは三Kのすね毛に対しての感想じゃないですよね……?


 さて──これからどうしよう。


 文化祭の日は基本的に自由登校だ。


 クラス展示は無人でオッケーだし、『AMW研究会』の部員たちはご覧の有り様だ。『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』は、午後一時から校庭に設置されたメインステージで開催されるため、まだ余裕がある。


 つまり……時間があるということだ。


 だったら──


「あ──あのさ、


「はい?」


「もし何か用事がなかったら……その、いっしょに、見て回らない?」


 清水の舞台からひねり飛び込みをする気分で、思い切ってそう誘ってみた。


 やっぱりせっかくの文化祭のわけだし……できることならといっしょに見て回りたいと思うのは、魚がエラ呼吸をするくらいに自然なことだよね?


「え……?」


 その申し出に、が目をぱちぱちとさせていた。


 すずめが米鉄砲を食らったみたいな意外そうな表情。


 あ、あれ、これもしかして『あ、え、ええと、何か勘違いされてるみたいですけれど、私、はじめての文化祭はもういっしょに回る素敵な方が決まっていて……(困った相手を見る笑顔)』みたいに断られるフラグ……?


「……しい、です……」


「え?」


 何て言ったの?


 お、おこがましい……?


 それともあつかましい……?


 けがらわしいとかだったら泣いてしまうかも……


 だけど次にきた言葉は、そのどちらでもなかった。


うれしい、です……」


 小さく微笑ほほえみながら、はそう言った。


「誘ってくれて、ありがとうございます。私も……その、さわむらさんといっしょに、回りたかったので……」


 きゅっと胸の前で手を合わせて遠慮がちに見上げてくる。


「そ、そっか……」


「は、はい……」


「……」


「……」


 お互い、何となく沈黙してしまう。


 何だろ、この空気。


「え、ええと、行こうか?」


「はいっ……♪」


 うなずき合って。


 といっしょに歩き出したのだった。

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