第一話 2-14

『AMW研究会』の部室は、文化部棟の一番奥にある。


 はくじよう学園は部活が盛んなだけあって、運動部と文化部それぞれに部室棟が設けられている。部室棟の造り自体はプレハブの簡素なものなのだけれど、やはりそれぞれの部活ごとに専用の部室が用意されているのは快適であり、生徒からの評判もすこぶるいい。


「こんにチワワー!!」


 放された犬みたいにハイテンションにそう声を上げるふゆといっしょに部室に入る。


 部室はシンプルな造りで、広さは十畳くらい。部屋の真ん中にテーブルとパイプ椅子が置かれていて、脇にある棚にはたくさんの漫画や小説や同人誌、ゲームやフィギュア、同人CDなどが並べられている。


 中にはすでに先客がいた。


「おお、あさくらさわむらか。遅かったな」


 テーブルの一番上座で手を振っていたのは、三年生の神楽かぐらざかゆき部長。


 黒髪ロングで背の高い美人系。としうえで部長だけど偉ぶったところのない、付き合いやすい人だ。


 ふゆとは、昔からの知り合いらしい。


 そして、


「やあ、あさくらさん、今日もえの塊みたいなお姿ですな!」


「ニーソックスが似合っていますね!」


「その禁断の絶対領域に顔面を挟まれてハアハアしたいぜ……!」


 その周りで分かりやすい変態発言をしていたのは、むらこうばやしで、通称三K。非常に残念なことに三人ともクラスメイトだ。


『AMW研究会』は今の四人を含めた全部で七人の部員で成り立っている。


 そして現在この部室内にいるのは部長、三K、ふゆ、俺だ。


 一人足りてないって思うだろう?


 それは……


「あ、ざかさん!」


 と、そこで三Kの一人がご主人様を発見した犬みたいに声を上げる。


 声につられて部室の入り口に目をやると……そこには、女神がいた。




「あ──こんにちは」




 その透明な声に、耳に天使が舞い降りたかと思った。


 どうやったらそこまで艶が出るんだろうってくらいにさらさらな髪、たぶん俺の二倍くらいの大きさがあるぱっちりとした二重の瞳、春の色をそのまま映し取ったみたいな桜色の唇。まるで全身がうっすらと光のヴェールに包まれているかのように輝いて見える。いや実際に光っているわけじゃないんだけど、そう見える。あれはきっとオーラというんだろう。




 ──ざか




 はくじよう学園の超有名人だ。


 容姿端麗で成績優秀。


 品行方正で性格も良好。


 さらには日本でも有数の財閥だと名高いざか家の令嬢。


 そんなほとんど二次元世界の住人みたいな完璧超人始祖は、俺とふゆのクラスメイトであり、会員数が三桁を超すというファンクラブまで存在する天上人だ。学園内で知らない人はいない名だたる超お嬢様である。


 そう、半ば信じられないんだけれど。


 彼女、ざかこそが……この『AMW研究会』の最後の一人なのである。


 聞いた話によると、何でも彼女のお姉さんがかつてこの『AMW研究会』の部長を務めていて、様々な伝説を残していたらしい。その縁で、神楽かぐらざか部長が入学初日に彼女のことを熱烈に勧誘したとのことだった。


ざかさんざかさん! 昨日の『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』は見ましたかな?」


「あ、はい、見ました。Cパートの作画がぬるぬるで、素晴らしかったですよね」


「おお、分かりますか! さすがはざかさん、目の付け所が違うぜ!」


「我々も見習わなくてはいけませんね」


 そしてこのざかさんのすごいところだが、何でもこういった〝アキバ系〟方面の知識にも精通しているらしいのだ。


 今期のアニメについてもふゆが一目置くくらいに詳しいし、漫画やゲーム、小説の話題もオールマイティにカバーしている。何をいてもまるで事前に全て用意していたみたいにすぐに的確な答えが返ってくるから驚きだ。


 さらには実践(?)にも通じているらしく、自分でイラストも描いたり、小説も書いたり、作曲をしたりしているとのことだ。実際に聞いたわけじゃないんだけど、入部してきた初日に三Kたちが大声で自分のことのようにそう自慢していたからよく覚えている。うーん、すごいなあ。こんな方面にまであますことなく完璧超人っぷりを発揮しなくてもいいのに。


 それを裏付けるがごとく、今も三Kたちの勢いに一歩も遅れることなく、今期のアニメについて語り合っている。


ざかさんは『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』だとだれがお気に入りですかな?」


「そうですね、やっぱり主人公のマホちゃんでしょうか。明るい顔の合間に見せる陰のある表情がとても素敵だと思います」


「うむうむ、分かりますぞ!」


「それとお供のピアニッシモちゃんの気持ちに共感できるかもです」


「あ、それ分かる分かるー。私もねー、ピアニッシモちゃんのけなげでマホちゃんおもいなところが大好きでさー」


「それは尊いですな……!」


 盛り上がってますね。


 というかいつの間にかふゆも輪の中に入って会話に混ざってるし。俺がぼっちだ。


「いやいや、ざかさんの知識には驚嘆するばかりですな。ああ、そういえばざかさん、イラストも描けると言っておりましたな?」


「え?」


「ほら、入部初日の時に。伝説レジエンドだったお姉さんと同じように、イラストを描くのが趣味だと言っていたではないですか」


「あ……え、は、はい」


「でしたら今度、『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』のイラストを描いてくださりませんかな?」


「え?」


「おお、それいいな! きっとざかさんの描くイラストなら間違いなく神イラストだろうから、イラスト投稿サイトに載せたらきっとバズってランキング上位間違いないぜ!」


「僕も賛成です。『AMW研究会』の宣伝とかにもなるかもしれませんしね」


「あ、ええと、それは、その……」


「……(無駄にキラキラした目)」


「……(無駄にキラキラした目)」


「……(無駄にキラキラした目)」


「……わ、分かりました。その、やれるだけやってみます」


「やりましたな!」


「ひゃっほう!」


「これでまた生きる楽しみができたというものです!」


 三Kたちがハイタッチをしようとして空振りをしてお互いの顔面をたたき合いながら狂喜乱舞している。


 イラストかあ……


 自分でやってみようとは思わないけど、描ける人は素直にすごいと思う。ざかさん、いったいどんなイラストを描くのかな。やっぱり本人のイメージと同じようなれんでかわいらしい感じなのかなあ。絵はそれを描く人の心を映し出すっていうし。俺が昔、美術の時間に満月の絵を描いた時は「発情したカミツキガメみたいだね」って言われたけどね。


 と、そんなことを考えていると。


 そこでふと、ざかさんと目が合った。


「……っ」


 ざかさんのはく色のきれいな瞳の中に、一瞬だけ自分の凡庸な顔面が映り込む。


 思わぬ視線の交錯に俺がどうしていいか分からずにいると、ざかさんは少しだけ照れたように微笑ほほえんでにこやかに笑い返してきてくれた。


 うう……正直、人を殺せるレベルのかわいさだ。


「それじゃあせっかく全員集まったんだから、大いに語り合おうじゃないか! 私としては今期ナンバーワンのカップリングが何かについて言及したいところだが、まあそれは後にするとして。まずは今期の覇権が何であるかについてだけれど……」


 神楽かぐらざか部長がそう呼びかけて。


 とまあこんな感じに、ゆるゆると『AMW研究会』は活動をしているのだった。

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