第四話 6-13


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「──それではこれより、『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』を始める。諸君、準備はいいかい?」


 神楽かぐらざか部長の高らかな声がメインステージに響き渡って。


『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』は始まりを告げた。


「まずは参加者の紹介をするとしよう。一人目は、我がはくじよう学園二年三組、やましたさん。彼女はマンガ同好会に所属していて、自身でも同人活動をしている才媛であって──」


 簡単な紹介とともに、参加者の名前が読み上げられていく。


 参加者は全部で八人。


 その中でも、ふゆの名前が呼ばれた時には、観客席からひときわ大きな歓声が上がっていた。冗談ではなくてステージが少し揺れたくらいだ。は当然として、やっぱりふゆも人気あるんだなあ……


 ちなみに俺は今日のソロ戦には参加しないので、舞台袖からどこかの家政婦のようにひっそりと応援するだけである。


「それにしてもよくこんなに集まったもんだよなあ……」


 改めて見てみると、メインステージにはたくさんの観客……〝アキバ系〟の人たちが詰めかけていた。


 はくじよう学園の生徒、他校の生徒、教員、保護者、よく分からない人たちetcetc。それにしてもすごい人数だ。全部合わせて三百人くらいいるんじゃないか? 『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』が伝統あるクイズ大会だというのは本当みたいだった。名前はひどいけど。


「ではでは、参加者もそろったところでさっそく始めるとしよう。まずは今回の大会のテーマであるけれど……」


 神楽かぐらざか部長がマイクを手に観客を見回す。


「テーマは知っての通り今期の覇権アニメ、『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』だ。みんな、『マホちゃん』は好きかーい?」


「「「おおー!!!!」」」


 地面が揺れるような大歓声。


『マホちゃん』のキャラクターの描かれたボードを大きく掲げたり、コスプレをして飛び跳ねたりしている面子メンツもいる。……うん、いいんだけど、何でみんな女装なんですかね。


「『マホちゃん』といえば不朽の『ドジっ娘魔法少女』シリーズであり、今期のナンバーワンであることは間違いない。なので今回も当然『マホちゃん』がテーマである──」


「……」


「──と、言いたいところなのだが」


 そこで、神楽かぐらざか部長が言葉を止めた。


「『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』は確かに疑うことなき今期の覇権アニメだ。だがあまりにも覇権すぎて、皆語り尽くしてしまっている感もあるだろう。SNSやネット上でも、毎日のように『マホちゃん』や『MGO』の話題で持ちきりだ。むしろ九割方それしかないと言ってもいい」


 観客席から「確かに……」「それはそうかも……」といった同意の声が上がる。


「だからこそ、今ここでそれ以外のものにも脚光を当てたいと思う」


 え、あれ? こんな台詞せりふ、台本にあったかな……


 クイズの問題とは関係のない進行台本は見せてもらっていたけれど、今の部長の台詞せりふは思い当たらない。


「『マホちゃん』以外にも素晴らしいアニメは今期もたくさんある。それらがフィーチャーされないのは、この上なくもったいないことであり、同時に悲しいことだ。やはり〝アキバ系〟を極めようとする者は、深さとともに様々なジャンルにまたがる広い視点を持ってほしい。そこで──」


 言葉をめながら、神楽かぐらざか部長が辺りを見回す。


 え、待って……この流れ……まずくないか?


「そこで……今回の『ぽろりもあるよ! 〝アキバ系〟大クイズ大会』の問題は、私の独断とサプライズで、『アニメから出題することにした!」


「な、何だってー!!」と、観客席からざわめきが上がる。


 突然のサプライズ。ふゆをはじめとした参加者たちも驚いているようで、互いに顔を見合わせて首をひねり合っている。サプライズだというのだからそれはそうなんだろうけれど。


 だけど問題はそこじゃない。


 このサプライズで……致命的なダメージを受ける者がいた。


「…………」


 だ。


 だっては『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』以外についてはほとんど何も知らないねこちゃんに等しい。三ヶ月前にはじめて〝アキバ系〟に触れたんだから、広い視点も何もあったもんじゃない。


 解答者席のを見る。


 は事態を理解して、ネズミを眼前にしたネコ型ロボットみたいなそうはくな顔で身体を震わせていた。目にはもうすでにハイライトがない。


 ど、どうしたらいい……!?


 この流れはまずい。非常にまずい。


 今から問題を元に戻してもらう……いやそんなのは無理だ。醜悪なイカクリムゾンのコスプレをして「グロッグロッグロッ……」とステージに乱入する? つまみ出されて終わりだろう。放送室に行って校内放送でを呼び出してもらいこの場から離脱させる……ダメだ、そんな時間はもうない。


 俺が舞台袖ではんもんしているうちに、問題は始まってしまった。


「──それでは第一問。まずは小手調べといったところだ。『ぬるカン』の第一話で使われた酒器は何であるか?」


 出された問題を受けて、参加者たちが次々とフリップを出す。


 だけどだけが、凍り付いてしまったかのように身動き一つしないでいた。


「あれ、どうしたんだろうざかさん?」「何で解答しないの?」「ほら、きっと演出? わざとやってるんだよ」「そっか、そうだよね」


 辺りからそんなささやきが聞こえてくるものの、はやはり動かない。……いや、あれ動けないんだって……


「さあ、残り時間はあと三十秒だ。まだ解答を出していない者は急いでくれたまえ」


「……」


 制限時間いっぱいになって……ようやくが出したフリップは、白紙だった。


 途端に周囲がざわつく。


「え……どうして様が……?」「あんなの、すげぇ簡単だよな……?」「俺でも分かるぞ……?」「やっぱり何かの演出……?」


「──正解は『江戸切子』。? ざかさん以外……全員正解だ」


 神楽かぐらざか部長が釈然としない表情でそう口にする。


「では次の問題だ。『アワビさん』の登場人物で一番としうえなのはだれか?」


 再び次々と出されるフリップ。


 だけどやはり……は動けない。


 やがて制限時間になり、が顔をうつむかせたままフリップを上げた。……白紙のままで。


 この辺りで、さっきまではさざ波のようだった動揺が本格的なものになった。


「え、どうして……?」「演出にしてはくどいよな……」「もしかして、本当に分からないとか……?」「いやいやあのざかさんに限ってそんなことあるわけ……」


 解答者も観客も、問題を出している神楽かぐらざか部長や三Kたちすらも、何が起こっているのか分からないという顔での様子をうかがっている。


 その困惑の視線を受けて、岩のようにじっと自分のひざの上を見つめている


 こ、こうなったら、とにかく体調不良でも何でもいいから、一度をこっちに戻せないか……


 そうしたところでどうにかなるものでもない気がするけれど、とにかくこのままだと完全にアウトだ。


 本人が一時中断を訴えかけてくれれば……


 必死にバチバチとウインクをしてアイコンタクトを送るものの、だけどその祈りはには届かない(近くにいた三Kにドライアイ? とかれた。違うよ!)。


 全身を震わせながら、今にも倒れてしまいそうな顔にもかかわらず、必死に解答しようとしている。


「……」


 ダメだ、もう……


 その後も、微妙な空気の中で問題は続けられた。


「『はにトラ』のヒロインは三人だが、その中で唯一動物ではないのはだれか?」


 解答者たちから次々と出されるフリップ。


 だけどにそれらを答えることができるはずもなく。


「どうなってるの、これ……」「ウソだろ……」「え、え、意味が分からないよ……」「様……?」


「…………」


 とうとう最後の問題に至るまで……は一問たりとも正解をすることはできなかった。

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