第四話 8-13


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 ざか邸に辿たどくなり、迎えてくれたのはさんだった。


「来ると思ったよ、おに~さん」


 相変わらずの見上げるほどの高さの門の前で腰に手を当てて、メイドさんとともに俺の顔をじっと見上げている。


 その真剣な表情から、だいたいの事情は察しているだろうことがうかがえた。


さん……」


「あのね、ちゃんが帰ってくるなり部屋に閉じこもって、出てこないの。押しても引いてもハンマーでたたいてもだめ。天の岩戸みたいな感じ? 詳しいことは分からないんだけど……おに~さんは、何があったか知ってるよね?」


「……はい」


 その返答に、さんは「は~、やっぱりか~」とため息をいた。


「じゃあとにかく詳しい事情を聞かせてもらえるかな? ま、こんなとこでする話でもないから、とりあえず中に入って。なみさん、お茶の用意をお願い」


「かしこまりました~」


 さんに促されて門をくぐる。


 前回と同じように五分かけて庭を通り抜けて、


 さらにはしきの中を十分ほど歩いて、前に来た時と同じ私室へと通される。


「ニルギリのファーストフラッシュでいいかな? ティーフードはプラムプディングで」


「え、あ、はい」


 何て言ったの? 握りのファストパス……?


 聞き慣れない単語に首をひねっていると、メイドさんがすぐにポットとカップを用意してきてくれた。


 そのまま高い位置からポットを傾けて、見事な手並みでカップに紅茶を注いでくれる。


 ふゆたちが見たら「おおおー、これはメイド四十八のスキルの一つ、ティアドロップだー!」とか絶叫しそうなテクニックだ。


「どうぞ、冷めないうちにお召し上がりくださいませ~」


「あ、はい、いただきます」


 はく色の液体で満たされたカップを口に運ぶ。


 薫り高い紅茶は、今まで飲んでいたものとはまるで別物で、浮き足立つ心を少しだけ落ち着かせてくれた。


「で、何があったのかな?」


 カップをソーサーに置いて、さんが口火を切った。


「ていっても、おおむね想像はついてるんだけどね。ちゃんがああいう風になるってことは……〝秘密〟がらみの、何かがあったってことだよね?」


 それは確認というよりもほとんど確信のこもった言葉だった。


 俺はうなずき返す。


「まあ……そうです。その、今日が文化祭だってことは知っていると思うんですけど、そこでクイズ大会があって……」


 さんたちに事情を話す。


 最後まで事のてんまつを話し終えると、さんは俺の顔を見た。


「じゃあ、危ないところだったけど、〝秘密〟の肝心のところはばれてないってこと……?」


「そうですね。そこは大丈夫だと思います」


 俺の猿芝居がかろうじて功を奏したかたちだ。


 いや、正確に言えば一人グレーゾーンの相手がいるんだけど、その話はまた後で。


「そっか、ならまだよかったよ~」


 さんがほっとしたように胸をなで下ろす。


 そして少しだけ苦笑いを浮かべて、こう口にした。


「それにしても……皮肉なもんだよね」


「え?」


「お姉ちゃん……あの子の母親は、まったく逆のことで悩んでたことがあるんだよ」


「逆って……」


「あの子の母親ね、三度のご飯よりも趣味を優先するくらいの生粋の〝アキバ系〟だったの。だけどそのことをだれにも言えないで苦しんでた。ずっと〝秘密〟にしてた。そのことが周りにばれかけて、部屋に閉じこもったこともあったんだよ。ま、あの頃は〝アキバ系〟に対する風当たりがだいぶきつかったからね~。しょうがないといえばしょうがなかったんだけど」


「そんなことが……」


 それは、確かに今のと真逆だ。


「それが今や〝アキバ系〟でないことを隠さなきゃいけないなんて、時代も変わったもんだよね~。それはわたしもとしを取るわけだよ~」


 いやあなたぜんぜんとってないでしょ。このままいけばロリババアの道まっしぐらか……


 十年後にもまったく変わっていなさそうなさんの姿を思い浮かべていると、ふとさんが真面目な顔になった。


「でも……ほんとにありがとね、さわむらくん。迷惑かけちゃって」


 そう言って、かたわらのメイドさんともども深々と頭を下げる。


「いえ、それは」


 自分がそうしたいと思ったから、のことを守りたいと思ったからやったことだ。


 だから迷惑だなんてこれっぽっちも、ネコの額ほども思っていない。


 ただは〝秘密〟が周りに知られてしまったと思っているだろうから、早くそのことを伝えなければとは思うんだけど……


「でも……何だか、様子が違ってた……」


 舞台袖ですれ違った時の


 お嬢様モードでも、ひとなつこいモードでもない。


 強いて言えば、最初に出会った時──本屋で取り乱して俺のことを闇にほうむろうとした時とか、無神経なおかを駆逐しかけてた時の彼女みたいな……


 それを聞いていたさんが、少しだけ驚いた顔をした。


「……そっか、やっぱりおに~さんは、気付いているんだね」


「気付いている?」


 って、何をですか?


 がすぐに俺のことを闇にほうむろうとすること……? や、やっぱり狙われてる……?


「そこまで分かってるなら、おに~さんは知っておくべきかもね」


「え……?」


 そう言うと、さんは一度言葉を切って、


 そしてぐにこっちを見てこう言ったのだった。


ちゃんの〝秘密〟を……。昔、あったことを……」






 の部屋のドアは、固く閉ざされていた。


 さんいわく、内側から鍵がかけられていて、何をしても開かないのだという。


「も~、こうゆうところは母親にそっくりなんだから」


 さんがあきれたように腕を組む。


「ほら、ちゃ~ん、さわむらくんが来てくれたよ。いいかげん出てきていっしょにお茶でもしないかな~?」


「……」


 返事はない。


なみさんのれてくれたニルギリとか、銀果堂のシフォンケーキもあるよ? ちゃん、好きだったよね?」


「……」


 返事も気配もない。


 本当にこの向こうにがいるの?


「ほら、出てこないとさわむらくんはおかーさんがもらっちゃうぞ~? わたし独身だし、この子かわいいし、いっしょに『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』だっけ、あれを見ちゃおっかにゃ~♪」


 ガタッ!! ドタン!! ドゴッ!!


 中からなんかものすごい音がした。


 続いて、




「…………だ、だめ……せんせーと『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』を見るのは……わたし、だけなの……お、おかーさんでもゆずれない……や、闇にほうむるしか……」




 と、世界を呪うような声が漏れ聞こえてきた。


 それは普段のとはまるでテンションの異なるものだったけど、さんの話を聞いた後だったからそのことについては特に不思議に思わない。


「ほら~、だったら話だけでもさせてくれないかな。わたしたちはともかくとして、さわむらくんはこうしてわざわざちゃんを心配して来てくれてるんだよ? ちゃんには話をする責任があると思うんだけどな~」


「…………」


 沈黙。


 だけどやがてカチャっという音が小さくドアの内側から響いた。


 中から鍵が開けられたのだと、すぐに分かる。


 さんがこっちを見てうなずいた。


「開いたみたい。あとは王子さまにお任せするしかないかな~」


「そんな柄じゃないですけど……はい」


 精一杯の気持ちを込めてうなずき返す。


 それを見たさんが、すっと真剣な表情になって言った。


ちゃんのこと……よろしくね」

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