*Ⅳ* 7/9


『わたしは慧にあやまらないといけません。


 ひとつ、とてもおおきな隠しごとをしていたからです。


 わたしはザイの部品でできています。げきついしたザイからコアをとりだし(ほそながいガラス板みたいなものだそうです。実物はわたしもみたことがありません)それをせきずいの一部としてばいよう・生育させたものらしいです。ザイ機並の機動もEPCMにたいする耐性も、結局は彼ら由来のものということです。そういう意味でわたしたちとザイの境界はかなりあいまいです。どこがちがう? といわれてもうまくせつめいできません。


 ただ信じてほしいのは、わたしにザイの記憶はないということです。


 きがついたときにはグリペンとして人間をまもらなきゃとおもっていました。ハルカいわく、わたしたちには強力な人格きようせいプログラムをかけてあるそうです。でもそんなの関係なくわたしは人間のために飛び、人間のためにたたかうことがふつうだとおもっていました。だってJAS39はそのためにつくられたのだから。ほかのことをかんがえるほうがおかしいです。


 ほんとうはもっとはやくこのことをはなそうとおもっていました。


 でも神社にいったとき、けいに「ザイはきらいだ」「早くいなくなるように」といわれ、くじけてしまいました。


 きらわれたくなかったからです。


 ただいつまでもうそはつけません。だからゆうきをふりしぼって手紙をかきました。わたしはザイからつくられました。でもわたしはアニマとしてがんばろうとしています。信じてください。


 あしたもまた会いにきてくれることをいのって。──Gripen』




 しばらく身動きできなかった。


 握りしめた便せんがくしゃりとゆがむ。しようげき身体からだこわばらせていた。気道が、声帯が、したようにふるえている。息が苦しい。頭ががんがんと揺れていた。


 ……たいの知れない化け物?


 確かに、彼女は人間じゃない。正体不明のテクノロジーを流用して人の形にこねあげた、アンコントローラブルな戦闘人形。少女の姿をした兵器だ。


 だがその内面はどうだろう。


 異常な出自に戸惑い、周囲のへんけんおびえ、それでも勇気を振り絞って信頼関係を築こうとしている。もろくて、純粋で、でも一生懸命な普通の女の子だ。


 そんな彼女を……自分は突き放した。説明も聞くことなく一方的に拒絶した。


 一体どれほど傷ついたことか。しかも自分はそのあと基地を訪れることなく無視を決めこんでいる。


 自分が彼女の立場ならどう思う? ああやっぱりだめだったんだ、思い切って手紙を書いたけど受け入れてもらえなかった。頑張ってもだったんだ、そう思うのではないか。


 違う。事実はただ自分が気持ちの整理をつけられなかっただけだ。問題から目をらし思考停止におちいっていた。本来ならおのれの感情と向き合い、グリペンとの関係についてきちんと結論を出すべきだったのに。


 時計を見る。時刻は午前十一時十分。


 フライトまであと五十分。


(行こう)


 決断は思ったよりスムーズだった。手早く着替えて自転車のキーを取り上げる。


 とにかく一度話さなければ。なじられてもけいべつされても自分がどう思っているかだけは告げなければ。このまま彼女がはい処分になったらやんでも悔やみきれない。


 おれはザイが嫌いだ。


 でもおまえのことは嫌いじゃない。


 言葉にしてしまえばたった二つのセンテンス。だがそれを伝える時間はあまりにも残り少なだった。


 ジャケットを羽織って部屋から出る。この三日間のていたいうそだったように迷いはせていた。




 あとから考えればまず電話をすべきだったのかもしれない。


 もともと折り返しを求められていたのだ。今からでもしろどおりに連絡して訪問の意を伝えればよかった。そうすれば少なくとも受付に申し送りくらいしてもらえただろう。ただでさえ貴重な時間を浪費することはなかったはずだ。


 実際には正門で止められた。しかもかなり長時間留め置かれた。


 別に不審人物と見なされたわけではない。単純にほんの人間がつかまらないとのことだった。冷静に考えれば当たり前で、テストフライトまで一時間を切った段階でゆうちようにデスクワークしているはずがない。方々に内線をかけまくってもらい、ようやく入門許可が出たころにはもう十一時四十分を過ぎていた。


 全力しつそう、技本の執務棟であるプレハブ建屋に駆けこむ。


 十一時五十分。


 ディスプレイので満ちたモニタルームに入ると、八代通が眠たげな視線を送ってきた。


「来たか」


 ずいぶんと疲労した様子だった。いつもの尊大さが心なし影をひそめている。ひょっとすると寝ていないのかもしれない。よく見れば目の下に濃いクマがあった。


「あの……すみません、おれ


 取るものも取りあえず謝罪する。八代通は「構わん」と首を振った。


「事情をあいまいにしてた俺達が悪い。隠すなら隠す、明かすなら明かすで対応を徹底するべきだった。あいつが基地の連中にうとまれていることくらい分かっていたのにな」


 いらたしげに鼻をすする。しようひげをてのひらでこすりいちべつしてきた。


「見たのか、やつの手紙」


「はい……


「で、文面にほだされてほいほい出てきたってわけか。意外とちょろいな。ならもっと早くお涙ちょうだいで説得すればよかった」


「……」


 だから言い方というものがあるだろうに。じゆうめんを作っていると、八代通は「だが」と顔をもたげた。


「あれがあいつの本心だ。プログラムでもザイの記憶でもない、あいつ自身の言葉だ。そこは、そこだけは理解してやってくれ」


「ええ」


 遅まきながら気づいた。彼女が普通の心を持っていることに、人間と同じ感情を宿していることに。だからこそ自分はここへ来たのだ。

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