*Ⅱ* 2/4


 格納庫の端に簡易な打ち合わせスペースが設けられていた。長机とぞうに並べられている。男性はちゆうちよなく上座に腰かけると席をすすめた。


「悪いな、茶は出ない。小銭があるなら缶ジュースくらい買いにいかせるが」


「いえ……」


 自動販売機があるのか? と考えかけて首を振る。いや、いや今はそれどころじゃない。


明華ミンホアは、明華はどこだ! 無事なのか!」


 机をたたかんばかりの勢いで詰め寄る。車でされて以降、彼女の姿を見ていない。自分と同じような目にあっていたらと思うと気が気でなかった。


 男は「ふん」と鼻を鳴らした。


「無事だよ。適当な理由を話して警衛所で待機してもらってる。君のことをずいぶん心配して暴れていたようだがね、なんだ? 恋人なのか」


「そんなんじゃ」


 ないと言いかけて口ごもる。男は興味なさげにこちらを見ていたが、ややあって座り直した。


「とりあえず自己紹介しておこうか。防衛省技術研究本部、特別技術研究室室長、しろどおりだ。主に対ザイ戦の研究をしている」


 防衛……省?


「自衛隊の人なんですか」


「技官だがね。知識労働中心で荒事はほかの人間に任せてる。何せこのナリだからな、銃を持って走り回るのもままならない」


 ぎやく的に言って腹をさする。


 なんと返してよいか分からず周囲を見渡した。広い格納庫、整備用の重機、そして外に見える滑走路。


「じゃあ……ここは」


「ああ、くうまつ基地だ。さっきまで君が周りをうろついていたところだよ。かべの切れ目を探したりアラートハンガーをのぞきこんだり、果てはフェンスわきげんかを始めたりしてたらしいな」


「な、なんで」


「そこまで知っているのかって? ここは軍事基地だぜ。不審者はきちんと監視カメラでチェックされている。必要とあらば音声だって取得可能だ。よかったなぁキスシーンとか始めないで。格好のがめネタになってたところだ」


「……」


「まぁそれはさておき」


 八代通は口調を切り替えた。


「状況を説明しておこう。さっきも言った通り、おれはザイに対抗するための研究をしている。ザイのことは知ってるな? 一体なんで俺達はあいつらにやられまくっている?」


「数が多いから」


「他には?」


「連中の方が優秀な戦闘機を持っている」


「三十点といったところだな」


 いやな口調で言ってしろどおりは机をタップした。


「いいか、あいつらの武器は三つある。一つはぼうだいな数……これは君が言ったな。だが正直一度に戦場へ出てくる数は大したことない。まだ人類が総力戦を挑めば圧倒できるレベルだ。問題なのはどちらかと言えばあとの二つ。すなわちHiMATとEPCMだ」


「ハイマ……イーピー……?」


「HiMATとEPCMだよ。Highly Maneuverable Aircraft TechnologyとElectronic and Perceptual Counter Measures。ふん、英語は苦手か? じゃあ日本語に訳してやろう。まずHiMAT、これは高機動航空技術の略だ。もともとアメリカの実験機で使われてた用語でな、有人じゃ実現できない高機動性能のことを指している。ザイの連中の飛び方を見たことがあるな?」


「……ええ」


 忘れるはずもない。カラマイからじようじゆく上海シヤンハイに至るまで何度も見てきた、およそ重力や慣性などまったく無視した動き。


「一般に戦闘機パイロットの耐えられる荷重は9Gと言われている。自分の体重の九倍だな。ザイはそれを軽々と上回り急加速・急旋回を決めてくる。ドッグファイトなどとんでもない。ミサイルを照準するのも難しいくらいだ。そんな相手が二機・三機と連携してきたら……分かるだろう? 普通の戦闘機じゃ対抗しようがない」


「……」


「仮に苦労してやつらを射程距離にとらえたとする。ターゲットロックオン、ミサイル発射! だがこれが当たらない。迷走した挙げ句自爆、をするとロックオン自体できなかったりする。ではというのでマニュアル射撃を試みても近づけば近づくほど敵の姿がぼやけてくる。くそっ! 一体どうなってやがるんだ!? ……そう、こいつが奴らの持つもう一つの武器、EPCM──電子・感覚対抗手段だ」


「電子……感覚?」


「一種のぼうがい電波さ。奴らの現れるエリア一帯に展開されレーダーの働きをがいする。のみならず人間の見当識まで狂わせる。反則だろう? 五感も機械のサポートもうばわれて、しかも敵より劣る運動性能で戦わなきゃいけない。おれならごめんこうむるね。現用の自衛隊機で奴らとやり合うのははっきり自殺行為だ」


「そんな!」


 予期せぬ敗北宣言にがくぜんとする。まさか自衛隊の人間に抵抗を否定されるとは。心の支えをぽっきりとへし折られた気分だった。


 だが八代通は薄く笑った。


「現用の自衛隊機でなら、の話だ」


 不敵な声音。眼鏡めがねの奥の目がぎらりと光る。


「我々も手をこまねいていたわけではない。連中の機体を解析し対抗手段を模索してきた。そん戦闘機のHiMAT化、対EPCM性能の付与。強力な自動操縦装置を搭載し単機で敵戦力のちくを可能とする。それが──ドーターだ」


(ドー……ター)


 ひどく不可思議なひびき。兵器とは思えないゆうで、だがりんとした語感。


「といっても新しい戦闘機を作るわけじゃない。アニマと呼ばれる新型の自動操縦機構を既存の機体に装備、チューニングする。ところがこれがなかなかの難物でな、ほとんどうまくいかない。何機、たいをおしやにしたことやら。とらの子のF─2Bをつぶした時は死ぬほど怒られたよ。まぁアメリカさんはF─35を一個小隊潰したみたいだから、それに比べれば全然順調だがな」


「はぁ」


「こう見えておれは意外と勝率高いんだぜ。RF─4EJ、F─2A、F─15J、のきみドーター化してやった。EUなんていまだにタイフーン一機ドーター化できてないからな。凡人が束になったところで俺という天才一人には勝てないってことだ。どうだ、すごいだろう」


 いつの間にかただの自慢になっている。よく分からず相づちを打っていると、しろどおりは「だが」と表情をゆがませた。


「そんな俺でもどうにも始末に困るアニマがあってな。現用機はおろか退役機まで試してもうまくいかない。はままつから展示品のF─104Jも取り寄せたが結果はNG。聞いたことあるか? スターファイター」


「……いえ」


「最近の若い者は昭和ガメラも見てないのか、なげかわしいな。まぁいい。とにかくあまりうまくいかないんで外国からの評価機も含めて手当たり次第に試してみた。すると一機だけ適合してな。知っているか? スウェーデンの機体でJAS39ってのがあるんだが」


 !


 意識が反応した。はっと顔を上げつぶやく。


「グリペン」


「ほぉ、分かるのか。なら話は早い。そうさっき目撃した機体だ。そして……上海シヤンハイ脱出戦の最中に君らを救った戦闘機でもある」


 なっ!


 今度ばかりはぎようてんした。さきほどの監視カメラうんぬんとはわけが違う。一体この男は自分のことをどれだけ知っているのか。


 八代通は片目をすがめた。


「俺達は君を探していたんだよ、王子様」

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