*Ⅱ* 3/4


 ものねらへびのような視線。


「なんとか初飛行にはこぎつけたがね、ドーターとしてのグリペンは非常に不安定だ。簡単に機能そうしつして制御不能となる。君も見ただろう、戦闘中無様についらくしたあの有様を。あれじゃだめだ、使い物にならない。実際もう少しで自爆させるところだったんだ。機密のかたまりをぷかぷか海に浮かべておくわけにもいかないからな。ところがどうだ。どこのだれとも知らない子供がキャノピーに取りついたしゆんかん、あいつ再起動しやがった。何ごともなかったように、ぴんぴんとな。信じがたい出来事だよ」


「……」


「で、今日だ。修理に出して以来あいつはまた絶不調でな。飛行はおろか再セットアップさえまともにできなかった。一体どうすべきか悩んでいたら監視カメラに見慣れた顔が映ってな。おどろいたよ、まさか上海シヤンハイ脱出戦の子供がこんな近くにいるなんて。とっさに確保してひとしば打たせてもらった。君に命の危険が迫ったらグリペンはどうなるか、どういう行動に出るか。──結果は見ての通りだ。やつは起動した。君を認識して救おうとした」


 のどがからからにかわいていた。汗ばむこぶしを握りしめる。


「意味が……分かりません」


おれ達も分からん。正直この非科学的な事態にどう説明をつけるかりよしてる。だが結果は確かだ。君の存在はグリペンを安定させる。だから」


 だからと。


 しろどおりは語気を強めた。


「あいつを飛べるようにしてやってほしい」


 ……。


「は、はぁっ?」


 何を言ってるんだと思う。戦闘機を飛行可能にしろ? それもドーターだかアニマだかという最新技術の塊を? できるわけがない。無茶苦茶だ。自分の持っている知識なんてせいぜいセスナレベルだ。それも別に整備士の資格を取ったわけではない。


「む、無理に決まってるでしょう。俺は専門知識も何もないただの学生ですよ。専門家さえ分からない話をどうしろっていうんですか。だいたい今みたいにこうとうけいな話を聞かされて、はいそうですかって言えるとでも? またさっきみたいな悪ふざけじゃない保証がどこにあるんですか」


「おいおい」


 八代通は鼻を鳴らした。


「君は知らんだろうがな、俺はずいぶんと忙しい人間なんだ。一度ならともかく二度三度と子供をからかう余裕はない。だいいちそこまで繰り返し君をだましてなんの得がある? 君みたいな少年からどんな利益を引き出せると?」


 確かにわざわざうそをつき続ける理由はなかった。かといって戦闘機の調整・整備などとても務まると思えない。いやもちろん、あの飛行機にかかわりたいという思いはある。何しろ上海シヤンハイ脱出時からずっと恋いがれていた機体だ。そばにいてザイちくの手助けができるなら願ってもなかった。


 だがやすけ合いした挙げ句、問題を起こしたらどうなる? 最先端技術のかたまりを自分のミスでついらくさせてしまったら目も当てられない。自分で自分が許せそうになかった。


「というか、あのパイロットの子はどうなんです? 彼女に機体の調子を見ながら調整を進めてもらえば」


 何せあれだけの操縦技術を持っているのだ。専門の整備士でなくとも十分有益な助言はできるだろうと思ったが。


 しろどおりそうぼうまたたいた。ひどくげんな顔でまじまじと見つめてくる。


「パイロット?」


「え、ええ、あのピンク色っぽい髪をした女の子」


 乗っていたでしょう? と言うと八代通は天をあおいだ。「あぁ」と首を振る。


「これだけ説明したのにまだ伝わらないのか? まったく面倒だな。一体君は何を聞いていたんだ」


「な、何って」


 八代通のまゆが寄る。


「いいか、もう一度言うぞ。ドーターはザイの機動についずいするためHiMAT処理がほどこされている。これはすなわち普通の人間が乗れる機体じゃないということだ。無人機、自動操縦なんだよ」


「無人……機?」


 鹿な、ではあのパイロットはなんだったというのだ。コクピットのやみに横たわっていた人形のような少女は。


「お、来たか」


 顔を上げる。視界の端でペールピンクの髪が揺れた。


 いつの間に現れたのか、八代通の橫に小柄な少女が立っていた。深い灰色のひとみあめ細工めいたくちびるしらぎぬを思わせるなめらかなはだ。服装は簡素な緑のつなぎだ。だがそれさえも彼女のれんさを引き立てている。あたかもスポットライトが当たったかのように少女の周囲だけが鮮やかに色づいていた。


 どくりと心臓が高鳴った。彼女だ。あの戦場で、とうとつな口づけを交わした女の子。


 八代通はややしばがかった動作で席を立った。


「紹介しよう、彼女がJAS39グリペン。問題の自動操縦装置──アニマだ」


 ……は?


 両の目をしばたたく。


 何、今なんて言った。


(装置?)


 少女はぺこりと頭を下げてきた。放心するけいを愉快そうにながめながら男が彼女の肩をたたく。


「この子はもうすぐはい処分になる。アニマやドーターの維持にはばくだいな費用がかかるんでな、不安定な試験機にいつまでも金は出せないって判断だ。とはいえ貴重な戦力だから研究者としては最後の最後まであがいてみたい。でだ」


 肥満体の研究者はごうぜんあごをしゃくってみせた。


「彼女をなんとか使いものになるようにしてほしい。人類の明日のために、やがてきたる勝利の日のためにだ。頼まれてくれないかね? 王子様」

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