*Ⅱ* 4/4


「慧! 慧、無事だったの!?」


 警衛所に入るなり明華ミンホアが駆け寄ってきた。飛びつかんばかりの勢いでしがみつきほおや肩に触れてくる。


「ひどいことされなかった? してない? 不審者の取り調べとか言われて……あたし、あたし、どれだけ心配だったか」


「大丈夫だよ、大したことない」


 ぶっきらぼうに答えて身を引く。周囲の視線が気になった。同年代の女子に世話を焼かれる男など世辞にもみっともいいものではない。


 制服姿の自衛隊員が疲れきった表情で立ち尽くしている。首や顔にひっかき傷とおぼしきみみずれがあった。だれがやったのか、あまりせんさくしたくない。


 しろどおりが一歩進み出てきた。ポケットから手を出しいんぎんに頭を下げてくる。


「誤解とは言え手荒なをしてすまなかった。民間人にろうぜきを働くとはこうぼくとしてとくの極みだ。申し訳ない。必要ならご自宅まで謝罪にうかがう、許してもらえないだろうか」


 平然と言い放ってくる。てつめんとはまさにこのことだろう。さきほどまでのふてぶてしさがうそのように丁重な物腰となっている。


 正面から向き合い一礼した。


「いえ、こちらこそ誤解を招くようなことをしてすみません。以降、夜の基地には近づかないようにします。お騒がせして申し訳ありません」


 話を合わせる。まさか明華ミンホアの前でアニマやドーターのことを話すわけにもいかない。自衛隊の中でさえおおやけになっているか怪しい話だ。いつたんうやむやにしてこの場を収めたかった。


「ではせめてご自宅まで送らせてもらえないだろうか。車を出させる」


「おづかいありがとうございます。ただ自転車を放置してるのでそれで帰ります。元の場所だけ教えてもらえますか」


「なるほど、ではそのように」


 そらぞらしいやりとりの末に話を打ち切る。警備の隊員につきそわれ外に出た。扉を抜けるしゆんかん、背後で八代通がささやいてきた。


「約束は覚えてるな」


「……ええ」


 約束とはよく言ったものだ。ほとんど強制だろうに。グリペンという少女の面倒を見る。兵器として安定させる。一体どうしたらという疑問にはついぞ答えてもらえなかったが、取り急ぎ明日基地を再訪するよう言われている。詳しい話はそれかららしかった。


『何、ただでとは言わない。君、航空学生を受験したいらしいな。なんなら便べんを図ってもいいぞ。ややこしいプロセスは色々吹っ飛ばしてやってもいい』


 一体どこまで個人情報が流出しているのか、空恐ろしくなる。最初は自分の名前も知らなかったようだからこうそく中に調べたのか。いずれにしろな隠し事はのようだった。


「じゃあまた明日」


「おう、待ってるぞ」


 短くあいさつして警衛所を出る。自転車はゲートの外に二台並べてあった。


「本当に大丈夫?」


 明華が心配そうにのぞきこんでくる。「大丈夫だって」と答えてスタンドをった。


 無人の夜道を走っていく。しばらくはどちらとも無言だった。明華も何をいてよいか分からない様子だった。


「悪かったな」


 ぽつりとつぶやく。明華ミンホアは「え?」と顔を向けてきた。


「すまなかったって言ってるんだ。おれ、なんか自分のことばかりで、明華の気持ちを考えてみなかった」


 引き離され彼女の身を案じたからこそ分かる。親しい相手が傷つくのはひどくつらいものだ。そういう自然な感情を理解できずただただお節介と思っていた。我ながら恥ずかしい。子供と思われても仕方なかった。


「これからはなるべく心配かけないようにする。明華を一人にはしない。だから……今日のことはかんべんしてほしい」


「え、え、え」


 明華は目を丸くした。信じられないものでも見たようにぱちぱちまばたきしている。


「ど、どうしちゃったのけい、そんなしおらしいこと言うなんて……変だよ。なんか気味悪いんだけど」


「なんでだよ!」


 ひどい言われようだった。なんだよもう、人がせつかく勇気を振り絞ったのに。


 だがこのくらいの距離感がやはり心地よい。ようやくのことでいつもの関係が戻ってきた思いだった。


 もちろん空への夢をあきらめる気はない。予期せぬ航空学生への切符も手に入ったことだしいつかは自分の思いを伝え直すつもりだ。


 だがしばらくは明華のそばにいよう。この異邦の幼なじみを大事にしよう。少なくとも彼女の家族の安否が分かるまでは。それが九年間自分を守り続けてくれた友人に対するせめてもの恩返しだった。


(と言ってるそばから明日基地行きなんだけどな)


 果たしてどういう名目で外出するべきか、頭を悩ませていると、不意に明華が「あれ?」と言った。


「なんだろ、人がいっぱい」


 前方右手、陸上競技場の入り口に通行人がたむろっていた。何かイベントでもあるのかと思ったが、そういうわけではないらしい。街頭ビジョンのニュースに足を止めている様子だった。


 ブレーキをかけて停車する。映し出された番組の内容を見て息をんだ。


 明華も同じ気持ちだったのだろう。ハンドルを持つ手に力がこもっている。


「……ソンおじさんおばさんとの連絡、思ったより早くつくかもな」


「うん」


 すがるようなまなしでうなずく。視線の先には海をく大艦隊の姿があった。


『本日午後四時、よこを母港とするアメリカ海軍空母ジョージ・ワシントンは中国近海に向け出航しました。反政府勢力の侵攻で孤立した中国臨海地区との連絡を確立する目的で、第七艦隊の他かんていずいはんする形となります。一連の中国内戦に対し初めてアメリカが正規戦力を投入することとなり、在中邦人の救出にもはずみがつくものと思われます──』

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