*Ⅲ* 1/11


 朝食を食べてから基地におもむいた。


 明華ミンホアにはバイトの面接と告げてある。基地内の売店で募集があった。短期OKなので受けてみたいと。現地学校の編入までまだ時間がかかる。それまでにしたくないのだと説明した。ほら、おれそうろうだし。ちょっとくらい家にお金入れておきたいだろう?


 最初「基地」という単語を出した時、明華のまゆり上がった。昨日の今日でまた自衛隊? 戦闘機探し? と思われたのかもしれない。だが話を聞くうち普通の売店勤務と分かったのだろう。「まぁ面接くらいなら」と送り出してくれた。彼女自身、タダ飯食らいの境遇には後ろめたいものを感じていたらしい。「あたしもそのバイトやってみようかな」と危ういことをつぶやき始めた。


 いや、募集一名らしいんで、ここは俺にゆずってくれとしたのが三十分前、気づけば約束の時間ギリギリになっていた。必死でペダルをこぎ空港南の正門に乗りつける。受付で身分証代わりのパスポートを提示すると、中年の警備員がげんな顔をしながら取りついでくれた。


「すぐ来るそうだから、待っててもらえる」


「はい」とうなずきわきにのく。配送業者とおぼしき来客が後ろに並んでいた。見ているうちオリーブドラブの装甲車が走り出ていく。


 意外と交通量が多い。そして人目もある。自転車の高校生は予想以上に浮いていた。道行く人々がちらちらとうかがってくる。


 ……居心地悪いな。


 しろどおりはどのくらいで来るのだろう。広い基地だからかなり待たされるのかもしれない。その間ずっと好奇の視線にさらされるのはつらかった。


 せめて少しでも目立たないようにと自転車を警衛所のかべに寄せる。車体を隠すように前に立った。なるべくお行儀よく、隊員の身内みたいな顔を作って。


(……れいなところだな)


 昼間の基地は美しかった。青空のもと、並木と緑色の建物が並んでいる。遠くに紅白の大きな通信塔が見えた。Y字形の電灯があたかもオブジェのごとく構内道路沿いに立っている。


 昨晩とは全然印象が違う。装甲車や自衛隊員の姿さえなければ大学のキャンパスとかんちがいしてしまいそうだ。


 というかこのふんだとむしろ八代通が場違いなんじゃないか? あのごうがんそんぼうじやくじんなキャラクター。の光の下だとあまりに毒々しい。彼と一緒に歩けば余計に目立つのでは? そう思っていると足音がひびいた。来た。


 たんそくし振り返る。せめてあの毒気に負けないよう気を強く持とうとしたが。


「な」


 ワンピースの少女が立っていた。


 灰色のひとみを大きく開きこちらを見つめている。ペールピンクの髪が風に揺れた。き出しの白い腕が陽光をはじいている。


「お待たせ」


 グリペンは無表情に言った。


 動揺がこみ上げる。突然のかいこうしようげきを隠しきれない。「え、あ」と口をぱくぱくさせる。


「グリペン……?」


 こくりと肯定される。


「迎えに来た」


しろどおりは?」


「いない」


「は?」


「外出中、だから今日は私が相手をする」


 なんだそれ、人を呼び出しておいて自分は外出? しかもメンテナンス対象の戦闘機を迎えにしてきた。引き継ぎ完了、あとはよろしくってか? いくらなんでもぶん投げすぎだろう。


ほかだれかいないのか? 別の担当者とか」


「いない」


「おまえだけ?」


「そう」


 ……。


 予想外の展開だった。一体どうすればいいのか、もともと想像できなかったがこれほどまでとは思わなかった。完全に想定外だ。


「行こう」


 グリペンがワンピースのすそひるがえす。行く? 「どこへ」と顔を上げた。


「食堂」


「……?」


「朝ご飯まだだから。あなたにはお茶を出す」


「お茶」


「有料の飲み物がよければ価格次第で検討する」


「いや、そういう話じゃなくて」


 兵器が朝ご飯とか食べるのか? 普通に食堂へ通っているのか? 根本的な疑問を口にする余裕は、だが与えられなかった。話はすんだとばかりにグリペンが歩き出す。あわてて自転車を押した。


「ちょ、ちょっと待て。待てって!」


 小走りで橫に並ぶ。れいな作り物めいた横顔をのぞきこんだ。


おれのこと……その覚えてるのか?」


「? 昨日あいさつした」


「じゃなくて、海でついらくした時会っただろう。キャノピー開けて、そうしたらおまえが目を覚まして」


 キスされた。胸元にしがみつかれた。


 あれがなんだったのか、確認しない限りまともなコミュニケーションを取れそうにない。何せ見た目は普通に人間の女の子なのだ。しかもかなり愛らしい。


 グリペンは立ち止まった。細いまゆが困ったように寄る。


「覚えてない」


「は?」


「あの時は無我夢中だったから。いつちていつ回収されたのかも記憶していない。ごめんなさい」


「そ、そうなのか」


「あなたに助けてもらったとは聞いている。ありがとう」


 あくまでも冷静に頭を下げてくる。その口調に初対面の時の熱情はない。してみると本当に忘れているのか。そもそも意識がこんだくしていただけで特別な思いがあったわけじゃない?


 ……なんだよ。


 あんと同時に失望がこみ上げてくる。まぁ期待していたわけではないが、むしろ理由が分からず混乱していたが、結論はシンプルだった。自分が少し意識じようだったという話。


 何ごともなかったようにグリペンが歩き出す。今度はもう呼び止めなかった。無言のまま基地内を歩いていく。

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