*Ⅲ* 2/11


 途中自転車を駐輪場にめ青い屋根の建物にたどりついた。しらかべのロッジを思わせる外観。入り口に隊員食堂のプレートがある。グリペンはためらうことなく中に入っていった。自販機コーナーを抜けて食堂スペースに立ち入る。


 学食のような空間だった。プランターの向こうに長机が整列している。左手にはいぜんじよが設けられ給仕の人達が忙しげに動き回っていた。


「席、好きなところで」


 長机を指し示される。時間帯のせいか店内はかんさんとしていた。とりあえず一列奥に入り配膳所寄りのを引く。


「ここでいいか?」


「うん」とグリペンはうなずいた。


「ご飯とお茶取ってくる」


 歩き始めて、だがすぐに立ち止まる。肩越しに振り返り。


「お茶以外がいい?」


「ん?」


 ひどく真剣な表情。


「百三十円までなら出せる。それを超えたらせつぱんで」


「い、いやいいよお茶で。別におごってもらおうとか思ってないし」


「そう」


 ややほっとした様子なのは気のせいだろうか。金欠? というかおづかい制なのか、機密兵器が。


 グリペンはワンピースのすそを揺らし配膳所に向かっていった。つまさきで伸び上がり注文、ポケットからIDカードを取り出しリーダーにかざす。迷う様子がないのはあらかじめ頼む料理が決まっていたためか。トレイに皿を載せて戻ってくる。


「ただいま」


「お茶は?」


「!」


 即座に回れ右して駆けていく。給湯スペースからお茶と水を運んできてもう一度。


「ただいま」


はしとかスプーンは?」


「……!」


 戻ってきた彼女は息を切らせていた。片手に食器をわしづかみにしている。ただあくまで平静をよそおうつもりなのか静かに「ただいま」と告げた。


「……おかえり」


 そのまま着席したが、さすがにすぐ食べる気にはなれないのだろう。無言で呼吸を整えている。たまりかねて「おまえさ」と呼びかけた。


「ひょっとして結構おっちょこちょいとか?」


 しようげきが空気を揺らした。灰色のひとみが見開かれる。グリペンはきようがくあらわにかぶりを振った。


「そんなことはない、大きなかんちがい」


「だって全然兵器っぽくないぞ。あわてん坊だし言ってることも天然っぽいし。なんか、不思議ちゃんというか」


「それ以上言ったら怒る」


「……」


 怒る、怒られるのか。


 彼女は視線を振り切りはしをつかんだ。プレートのからげをつまみほおり始める。不器用な食べ方はとても上品とは言えない。箸の使い方を覚えたての幼児のようだ。


 改めて少女を観察する。


 小柄なたいきやしやな手足、幼さを残したふうぼう。髪の色さえなければ普通に人間の女の子だった。というか本当に戦闘機なのか? 実はしろどおりかつがれているだけで、そのへんの中学生ってオチだとか。


 思い悩んでいるとグリペンが箸を止めた。


「少し……緊張してる」


「え?」


「普段通りにできない理由。外の人と話すの初めてだから」


「初めてなのか?」


「うん」とうなずいた。


「基本的にハンガーとラボを行き来してるだけだから、話しかけてくれるのはメンテナンスのスタッフだけ。空に出たらもうずっと一人だし」


「……」


「だから戸惑ってるだけ。普段はもっとちゃんとできる」


 意外と意地っ張りだった。苦笑がれる。距離感をつかみあぐねているのは向こうも同じということか。OK、分かった。自然体で行こう。


なるたにけい


 グリペンが顔を上げる。目線をからませしゆこうしてみせた。


おれの名前、自己紹介がまだだっただろう。だから」


けい……」


 うわごとのようにつぶやく。「そう、慧だった」


 ? 


 じやつかん奇妙な返し。だがいちいち気にしていられない。「おまえは」と身を乗り出した。


「なんて呼ぶのが正しいんだ? しろどおりはアニマとかなんとか言っていたけど」


「グリペン」


 はっきりと言い切られた。ひとみが急速に無機質な光を帯びる。


「JAS39グリペン、それ以外の何者でもない。人間が自分の脳と身体からだをいちいち区別しないのと同じ。アニマとドーターは不可分で同一の存在。ただの──兵器」


 兵器……。


「だからグリペンでいい。正確を期したいならたいとなった機体のシリアルナンバーを教える」


「いや、いやいいよ。グリペンな」


 正直呼びづらいが無味乾燥な数字を教えられるよりマシだ。


「じゃあグリペン、本題に入るけどこのあとどうするつもりだ? 食事をして次の予定は?」


 きょとんと首をかしげられる。


「ノープランかよ」


「あなたの相手をする」


「だから具体的にどうするんだ?」


「慧は何をしたい?」


 質問に質問で返された。ええい面倒くさいな。トランプしたいと言えば「はい」と答えるのか? 答えそうだが。


「普段は何をしてるんだ?」


「普段?」


「自由時間とかあるだろう? 基地内でどうしてるんだ」


 グリペンはしばらく考えた後。


「散歩」


「は?」


「ぶらぶらしてる。あちこち、探検」


「自由な兵器だな」


「あとは昼寝」


「……おまえ本当にあの時の機体か?」


 心の底から疑いたくなる。上海シヤンハイ脱出戦でせんこうのごとく駆け抜けた機影と目の前の少女がどうしても結びつかなかった。正直もどかしい。こちらの感情をたぎるだけ滾らせて実ははい寸前? は散歩に昼寝? しっかりしてくれと言いたかった。


 まぁ、何も問題ない相手ならそもそも自分に声はかからなかったわけで。


「了解、分かった」


 景気よくお茶をあおる。


「じゃあ一緒に散歩しよう。おまえがいつも歩いてるところに連れてってくれ」


「それでいいの?」


「自衛隊基地を自由に歩ける機会なんてめつにないしな」


 あせっても仕方ない。気長にいこう。話しているうちに何か現状打開のヒントを得られるかもしれないし。


「了解、じゃあ急いで食べる」


「落ち着いてでいいよ」


 プレートにかぶりつくグリペンから視線を外すと、ちよう制服姿の一団が入店してくるところだった。陽気に歓談しながらはいぜんスペースを目指してくる。その視線がこちらに留まった。しゆんかん、笑い声が途絶える。


 空気が固まった。離れていても明確な緊張が伝わってくる。……緊張? いや違う。これはもっとなんというか。


 恐怖。


 脳裏に浮かんだ言葉はひどく現実味のないものだった。


 なんだ、恐怖? 一体何に対しおびえているというのだ。


 男性隊員達の視線を追う。そこにはペールピンクの髪の少女がいた。

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