*Ⅲ* 3/11


 五分ほどで食事をすませ食堂から出た。


 十字路を渡り基地東側に向かう。途中売店や資料館のようなものを目撃するも立ち寄ることなく通過した。ちなみにカーキ色のペンションめいた建物もあり、何かと思ったら隊員用居酒屋だった。食堂の存在といい、生活に必要な施設はあらかたそろっているらしい。一つの町がまるごと基地内にある感じだった。


 歩いているうちに気づいたが周囲の視線がほとんど感じられなかった。人通りはある。だがあえてこちらを注視したりしない。正門とは様子がかなり異なっていた。未成年の男女が私服姿で基地を散歩、目立たないわけはないと思ったが。


 ……いや。


 避けられているのか。


 グリペンに近づかないよう、目線が合わないようにしている。


 どういうことだろう。軍事機密ということで接触が禁止されているのか。事故が起きないよう距離を置かれているのか。


(そういう様子でもないよな)


 道行く人々の顔は警戒に満ちていた。食堂の隊員と同じだ。強い緊張が表情にうかがえる。人によってはあからさまに視線をそむける者もいた。


 ……けん


 なぜだ。ザイ対策のため人類にもたらされた希望、ふくいんだろうに。動作が不調だからうとんじられている? だが、にしたって。


「あれ」


 グリペンが立ち止まった。伸ばした手が左手の建物を指している。


「3格」


「サンカク?」


 きりづま屋根の建物だった。緑色のかべに採光窓、のきしたに大きな開口部が設けられている。ライトブラウンのゲートが開き中がかい見えた。


「第3格納庫、昨日あなたが・監禁されたところ」


「げっ」


 脳裏に昨晩の恐怖がよみがえる。首筋に突きつけられた金属の感触、強圧的なしろどおりの声。


「大丈夫、もう一度同じことがあっても私が助けるから」


「いや、もう一度とかいらないし」


 というか助けるってあの機関砲でか? ぶっ放したら自分もただじゃすまないように思うが。


 グリペンの指が左に移動した。


「橫が2格、そのとなりが1格。大きいのが以上、あと細かいのが4・5・6と続く」


「結構規模でかいんだな」


「日本海側の基地で戦闘機が配備されてるのはここだけだから。大陸沿岸がザイの手に落ちたらまつが最前線になる」


「そうなのか?」


「今はまだたいわん・半島が健在だから平和だけど、そこがやられたら」


「……」


 恐ろしい事実をさらりと突きつけてくる。


「次、こっち」


 格納庫のわきを抜け飛行場に出た。視界が開ける。吹き抜ける空気がこうを満たした。エプロンにジェット機が一機止まっている。


「滑走路は一本、離着陸の方向でRWランウエイ06、RWランウエイ24と呼び分けてる」


「一本? だってここ、確か民間機も下りてくるんだろう」


「一緒に使ってる」


「緊急発進とかあったら?」


「ゆずりあい」


 ……。


 最前線になるかもしれない基地が軍民共用とか、非常時に大丈夫なのか?


 さらに視線を走らせると滑走路の向こうに黒い建物が見えた。全部で四つ、分厚いシャッターには見覚えがある。昨晩敷地外から確認できた施設だ。


「あれは?」


「アラートハンガー」


 短く回答された。


「スクランブル機の待機場所。五分待機が二つと三十分待機が二つ、それぞれ定められた時間で発進準備を整える」


「へぇ、じゃああの中に戦闘機がいるのか?」


「そう」


「ふぅん」


 見たいなぁと言いかけて口ごもる。あそこの機体が視認できるのはスクランブル時だけだ。非常事態を好んで待つ鹿はいなかった。


「次」


 言ってグリペンが歩き出す。ワンピースのリボンが風になびいた。


「え? あ、もう?」


 気づいた時にはすたすたと歩き去っている。ひどくあわただしい散歩だった。たんそくし細い背中を追いかける。


「なぁ、今度はどこだ」


「……」


「なぁって」


 返事はない。黙々と広大なエプロンを歩いていく。誘導路から構内道路に戻り体育施設の前に出た。そのまま数分ほど行くと周囲の建造物がまばらになってきた。駐車場の先、松林に道が続いている。うっそうと茂る枝葉がアスファルトに濃い影を落としていた。


 まさかあそこに行くつもりか。


 ねんは現実のものとなった。グリペンが松林に入っていく。ひんやりと左右から冷気が押し寄せてきた。空港のけんそうが断ち切られる。辺りにひとはなくまるきり二人きりだった。


「おい、おまえ一体」


 さすがに薄気味悪くなり声をかけた、しゆんかん


「ここ」とグリペンが道路わきを示す。


 かまぼこ形のコンクリートアーチが現れていた。古びた造りで表面がところどころ黒ずんでいる。正面には台形の開口部が設けられ中が確認できた。狭いアーチの下にあったのは──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る