*Ⅲ* 4/11


「プロペラ機?」


 迷彩色のたんぱつが羽を休めている。緑と白のまだら塗装でつばさには日の丸が確認できた。旧軍の戦闘機みたいだ。いや、だとしてもなんでこんなものが。


「昔のえんたいごう


「エンタイ……何?」


「空港を攻撃された時に飛行機を守る施設」


「はぁ」


 わきに解説のプレートが立っていた。どうも旧海軍がゼロ戦などの戦闘機を格納するために造った施設らしい。史跡として保存されているのか。中の機体は戦後の自衛隊機をそれっぽく流用したと書かれている。


 で、なぜこんなところに?


 振り返って目を見開く。グリペンの姿がない。さきほど立っていたところからこつぜんと消えせていた。


「おい、グリペン」


 あわてて走り出しかけて視線がピンク色の光をとらえる。掩体壕の中に少女が座っていた。床にビニールシートが敷かれている。彼女は置物のようにアーチの下に収まっていた。


「何してるんだよ」


 いい加減振り回されすぎて頭がくらくらしてきた。きつもん口調でたずねるとグリペンは顔を上げた。


「秘密基地」


「は?」


「お気に入りの場所。ベッドみたい」


「ベッド?」


「屋根がついたやつ、高級品」


 どういうことだ、混乱しかけてふっとプロペラ機の姿をとらえる。ああ、そうか。なるほど、人間サイズなら意味不明だが飛行機の立場なら確かに屋根付き寝所だ。


「お姫様とかが寝るてんがい付きベッドってことか」


「そう」


 ひどくうれしそうにつぶやく。彼女は手元に光るものを取り寄せた。ビー玉……か? 見ればかべぎわに缶バッジやお菓子の箱が積まれている。まさに子供の秘密基地だった。


「いいのかよ、ここ一応自衛隊の敷地だろう? 勝手に私物化して」


「まだばれてない」


「ばれなきゃいいのか!?」


「室長は『けんしない悪事は悪事じゃない』って言ってた」


「室長って、しろどおりのことか?」


 こくりとうなずく。なんてこった、一番情操教育を任せちゃいけない相手にえいきようを受けているとは。てか悪事って認識してるならやめろよ。


 グリペンはビー玉を陽光にかざした。


「多分室長はここのことを知ってる。これをくれたのも室長だし」


「秘密基地の材料にってか?」


「うん」


 灰色の目がすがめられる。


「ぶっきらぼうだけど時々やさしくしてくれる。早く恩返ししたい」


「恩返し」


「不調を直して自衛隊と一緒に戦う」


 しゆしような心意気だが、しろどおりと「優しい」という単語がいまいち結びつかない。なんというか、いたいけな少女が悪人にだまされているだけのような。菓子箱とか古い缶バッジとか、取りようによってはただのガラクタだし。不用品を渡しこき使っているというのは、うがちすぎだろうか。


けいも、こっち」


 小さな手がビニールシートをたたいた。一緒に座れってことか? 断りたいところだが視線に妙な圧がある。言うことを聞かないといつまでもかしてきそうだ。


 観念して中におもむく。天井にぶつからないよう頭を低くしかべぎわにたどりついた。


 少女の橫に腰を下ろす。コンクリートの冷気が身体からだに伝わってきた。ちくしよう、なんだっておれがこんなことを。毒づいたしゆんかん、だが視界に鮮やかな光が飛びこんでくる。


 目を見張った。


 開口部で外の景色が切り取られていた。木々の緑に陽光が映えている。木立の間から青い空と白い雲がのぞいていた。


 絵だ。いつぷくの絵が眼前に広がっている。


「落ち着く」


 とグリペンがつぶやいた。ひざかかきやしやな背中を丸める。




 ──天国のフウイ・お庭にアオ・行ってジヤルデイン・きたよダ・セレステイ




 歌声。


 聞き慣れない発音だった。思わず「どこの言葉だ?」とたずねる。グリペンは首をかしげた。


「分からない。初期構築時に色々テキストを転送されたからその中にあったのかも」


「初期構築……転送?」


「ゼロベースで知識を形成すると時間がかかるから、ネット等の公開データを読みこんで一気に一般常識を構築する。テキストを分割・意味解析・階層化して」


 よく分からない。人間のように教育すると面倒なため速成で機械学習されたということか。こういう話を聞くとやはり少女が人外の存在に思えてくる。作り物の人格、プログラムされた知性。外見が外見なだけに、いまいちまだ現実味が薄いが。


「あ、そういえば」


 ふと思い出した。


「おまえ、上海シヤンハイ脱出戦で会った時も何か外国語っぽいことしやべってたけど覚えてるか? えーと……ノヴァ──エルとかエレとか」


「Nova Era」


「そう、それ」


 グリペンは口元に指を当てた。


「覚えてないけど意味は分かる。『新しい時代』という意味」


「新しい……時代」


 当時の状況を思い返すもやはりぴんとこない。キスの話と同じ、混乱して口走っただけなのか。


「じゃあそれもテキストの中にあったわけだ」


 何気ない感想にだがグリペンは「違う」と即答した。


「?」


「違う……元からあった」


「元?」


 灰色の目がすぼまる。心のないおうを探るようにひざを引き寄せる。


「どこで覚えたか分からないけど、最初から」


 何を言っているのか、理解できずにいると不意に着信音が鳴りひびいた。グリペンがポケットから携帯端末を取り出す。


「はい」


 事務的な声。表情が消えたんに機械的な面持ちとなる。何度かやりとりした後、こちらを向いた。


「ごめんなさい、検査の時間」


「え?」


「戻らないと。正門まで送っていく」


 あつに取られる。


 なんだ、今日はここまでってことか?


 到着して二時間もたっていない。受付は九時前だから、おそらくまだ十一時にもなっていないだろう。


 結局自分は何をしに来たのか。食堂でお茶を飲み散歩して第二次大戦の史跡で休憩した。このやりとりがグリペンの回復にどうえいきようするのか、かいもく見当がつかなかった。


「また明日」


 こちらの感情などしんしやくした様子もなくグリペンが告げてくる。「ああ」と答えるほかなかった。

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