*Ⅲ* 5/11


 きつねにつままれた思いで帰宅する。


 一体どういうことなのか。いくつか可能性を検討してみた。


 一つ、からかわれている。解決不可能なシチュエーションに放りこみ、うろたえる様を笑いものにされている。


 二つ、実験台にされている。たとえばグリペンが人体に有害な電磁波を出していて、それにどこまで耐えられるか見ている。


 三つ、かんちがいされている。本気で自分に何か事態を打開する力があると思われている。で、しろどおり達はただただ成果が出るのを待っているとか。


(分からん)


 午後十時、ベッドの上で寝返りを打つ。


 結局帰ってきたあとも八代通からの連絡はなかった。六月十三日火曜日の成果は基地構内を散歩しただけ。普通に考えれば意味不明だ。からかわれていると判断し、以降の協力を断っても不思議はない。


 とはいえ。


(また明日、か)


 当たり前のように告げられた。グリペンの中で自分の来訪はてい事項なのだろう。予想を裏切られることなどじんも考えていない様子だった。


 行かなかったら……どんな顔をするのかな。


 悲しむのだろうか、それとも無表情に仕方ないと割り切るのだろうか。


 天井を見上げ考えこんでいるとノックの音がひびいた。


 扉が開き、黒髪の少女が顔を見せる。


けい、今いい?」


 明華ミンホアだった。


「いいけど、どうした?」


 上体を起こすと彼女は中に入ってきた。グレーのスウェットにうさぎのスリッパ、首にタオルを巻いている。風呂上がりなのかれた髪が肩に落ちていた。


「明日、あたしかなざわ行くから」


「金沢? なんでまた」


「難民申請の手続き。昨日役所から連絡来て審査通ったみたいだから」


「え、本当か!?」


 よかったと胸をなで下ろす。祖父母宅に身を寄せているとはいえ、今の彼女はまだ一時たいざいしや扱いだ。ビザもパスポートも長期居住の根拠となるものは何も所持していない。このまま行けば医者一つまともにかかれないところだ。正式に難民と認定されることで公共サービスや就学の機会を得られる。まずは一安心だった。


「で、でさ」


 わずかに声が上ずる。


けいも行かない? あっちいっぱいお店あるみたいだし、かなざわ港に避難してきた時はバタバタしてて町見て回ることもできなかったでしょ」


「観光ってことか?」


「そ、そうだね、観光」


「ん……」


 悪くないかも。まつから金沢は電車で三十分もかからない。日帰りで気軽に往復できる距離だ。残念ながら小松の駅前はお世辞にも栄えているとは言いがたい。たまに都会を訪れるのもいいかと思いかけたが。


 待てよ、明日?


「いや、だめだ」


「え?」


「明日はその……面接なんだ。朝の十時くらいから」


 明華ミンホアの表情がゆがむ。


「面接って今日やってきたんでしょ。なんでまた明日も行かなきゃいけないの」


「に、二次面接」


「バイトで?」


「うん」


 我ながら苦しい言い訳だった。だが一度うそをついた以上、取り下げることもできない。


「ほ、ほら、施設が施設だからさ、現場のリーダーだけじゃ最終判断できなくて、もっと上の人を連れてくるって。基地で働くのに相応ふさわしい人間か、慎重に見極めたいって話」


「だったら最初からその上の人も面接来ればいいじゃん」


「応募者が多いから、ある程度足切りしてるんだって」


 明華はひどく疑わしげに聞いていたが、明確に否定もできなかったのだろう。不機嫌そうにれた髪をき上げる。


「じゃあ仕方ないか。一人で行ってくるよ。お土産みやげは期待しないでね」


「うん、ゆっくり羽を伸ばしてこいよ」


「慧は伸ばしすぎないように。明日はおさんおさんもいないみたいだから」


「え、そうなのか?」


「なんかしんせき関係の集まりで朝早くから出かけるんだって。あたしも結構出るの早いし、けい一人になっちゃうけど大丈夫? 朝ご飯とか戸締まりとか」


「まぁ……なんとかするよ」


「女の子とか連れこまないように」


「連れこむか!」


 まず相手がいない。この町で知っている同年代の異性といえばそれこそ明華ミンホアしかいなかった。


「おまえこそとしごろの男の部屋にのこのこ入ってきて、無事に帰れると思ってるのか?」


 精一杯のにくまれ口をたたくと明華は鼻を鳴らした。


うで相撲ずもうする?」


「……」


「じゃ、面接遅れないよう早く寝なよ。あたしも今日は早めにベッド入っておくから」


「はいはい」


「晩安(おやすみ)」


 珍しく母国語であいさつし部屋を出ていった。


 なんだろう、少しふんが明るくなったように思う。難民申請が通ったから? いや、どちらかといえば例の第七艦隊出撃のニュースを見てからだ。人類最強戦力の投入。大陸に帰還できる希望が出てきたことで肩の力が抜けたのか。


(ひょっとしてグリペンが飛ぶまでもなく全部終わっちゃうのかもな)


 であればなおさら今の自分は何をしているのか。夢みたいな提案に付き合わずあしもとの生活を踏み固めた方がよいのかもしれない。パイロットを目指すにしたって、真っ当に祖父母を説得し飛行学校に通う手もあるはずだ。いや、そもそも自衛隊に入ろうと思ったのは赤いグリペンに乗りたかったからで、あれが無人機で人間の操縦できるものじゃないとすれば。


 ……ううん。


 考えれば考えるほどどうするべきか分からなくなってくる。


(とにかく明日はしろどおりと話させてもらおう。続きがあるにしてもそれからだ)


 とんをかぶる。あかりを消そうと思ったが予想以上に疲れていたらしい。世界が黒いきりおおわれ気づけば意識を失っていた。

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