*Ⅳ* 3/9
軍用シミュレータの体験という予期せぬ役得もあいまり、気づけば基地で過ごす時間が増えていた。
シミュレータ試験から二日、彼女は実機で空を飛んでいた。基地上空を一周し着陸するだけの簡単なフライト。だが空を
「今日はこんなところだな」
『戻っていい?』
「いいぞ。気を抜いて民間ターミナルに突っこまないようにな」
『そんなへまはしない』
「ちょっといいか」
飛び交う航空無線に聞き入っていると肩を
「はい?」
離席していいのか。疑問に思うも八代通はどんどん歩いていってしまう。仕方なくあとに続いた。廊下を歩き休憩スペースにたどりつく。八代通は
「
「? なんの話ですか」
「シミュレータだよ、
私的利用がまずいと言っているのか、反射的に身構えて
「スタッフの方に許可はもらっています。勝手に使ったりはしてないはずですけど」
「ん? いや、別に責めちゃいないさ。色々試行
発見。
実戦で使える知見を見つけたか、と問われているのか。
「残念ですけど今のところないですね。ザイに
結局カナードを使ったエアブレーキはうまくいかなかった。あの
試みにFCSをオフにしたところ、カナードは
「そうか、まぁ子供に戦術指南してもらうほど困ってないから気にするな。豪華なアーケードゲームだと思って楽しんでればいい。
相変わらず
「本題だ」
どうやら今までの話は雑談だったらしい。「はぁ」と答えてプリントを受け取る。複雑な波形のグラフが記されていた。縦軸は電圧、横軸は時間、波形の橫にαだのθだの数学で見るような文字が並んでいる。二枚目も、三枚目も同じだ。
「なんですか、これ」
「なんだと思う?」
「数学の宿題ってわけじゃないですよね」
現地校の編入手続きが終わっていないため、今の自分は日々学習カリキュラムから取り残されている。それを彼がサポートしてくれる……とはさすがに思わなかったが、
八代通が煙を吐き出した。
「グリペンの好調な理由が分かった」
!
一気に意識がクリアになる。息を
「いや、すまん。正確に言うと『何が起きてるか』は分かっただ。原因や仕組みは相変わらず不明なまま。とはいえ結構な進歩には違いないがな」
「
「説明の前に一個確認だ。君、あいつと
「はい?」
あいつってグリペンのことだよな。彼女と以前に知り合っていたか?
「質問の意味が分かりませんけど」
「まぁ
手元のプリントを指さす。
「これはグリペンの脳波グラフだ。アルファ波、ベータ波とか聞いたことあるだろう。まぁ正確に言うと
「ええ……」
最初はある程度なめらかな
「今までの経験上、これが一定期間続くとあいつの意識は失われる。ブレーカーが落ちる感じだな。制御不能になった脳処理を無理矢理断ち切るイメージ」
「原因は」
「分からん。が、そこは大した問題じゃない」
八代通の指がプリントをめくった。二枚目のグラフ。
「これは同時刻の君の脳波グラフだ」
「はぁっ!?」
いつの間にそんなものを、と叫びかけてふっと思い当たる。
非難の視線を送るも八代通はすまし顔でグラフをなぞった。
「ま、なんてことはない、標準的な人間の脳波だな。で、だ。このグラフをさっきのグリペンのグラフにかけ合わせてみる。するとどうなるか」
三枚目、最後のプリント。
「……」
波形は
「どういうことですか?」
「グリペンの脳波は君の脳波を受けて安定する。同調とでもいうのかな。だいたい十メートル圏内に君が近寄ると波形の合成が始まり次第にこの三枚目のグラフに近づいていく。離れると逆だな。
「なんで……そんなことが」
「知るか、
「いいか、人間の脳波なんてのは常に変化していく。目を閉じたり睡眠しただけでも出力成分が異なってくるんだ。なのにコンマ一秒のズレもなく
「設定されていた……」
「だから訊いたんだよ。あいつと
「アニマの動作は研究途上だからな。一度会った人間の脳波をメモリしてその相手用に自分を調整する、なんてことも
「……ええ」
「ならその線は捨てよう。であれば残された可能性は一つ。あいつは君と二人で動くように作られていた。あらかじめ、最初からな」
「ちょ、ちょっと待ってください。あいつを作ったのって八代通さんでしょう?」
「そうだ。そして俺はそんな機能を組みこんだ覚えはない」
「じゃあありえないでしょうに」
八代通は舌打ちした。
「そうとばかりも言えないのがややこしいところでな」
……?
何を言っているのだろう。
開発者が設計内容を
白衣の男性は「まぁいい」とつぶやいた。
「とにかく状況は今説明した通りだ。君が近くにいる限りあいつは安定する。あとは
確かに、ドーター操作中のグリペンは一人だ。自分との距離も十メートルは超えるだろう。であれば安定化のメカニズムは失われる。いつ意識
「大丈夫なんですか」
「まぁ法則が分かったからな。状況は好転したと思っていい。
「それはかまいませんけど」
なんともすっきりしない話だった。
「そろそろ昼飯だな。あいつが戻ったら食堂に付き合ってやってくれ。君の分もおごらせる」
「え、いいですよ」
あいつ金ないみたいですし、と抗議する間もなく八代通が携帯を取り出した。
「ああ
幅広の背中が遠ざかっていく。相変わらず
だが冷静に考えれば今日の話は
何せフライト成功の道筋が分かったのだ。自分とグリペンが近づきさえすれば彼女の脳波は安定し
まぁ、なぜ自分と彼女の脳波が
(あいつに言って安心させてやろうかな)
携帯端末の時計を確認。そろそろグリペンが戻ってくる時間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます