*Ⅳ* 4/9


「何これ?」


 グリペンが不思議そうに紙包みを見つめる。


 隊員食堂の角席で慧は彼女と向き合っていた。机の上にカラフルな花柄のパッケージが置かれている。赤と黄を基調にした色鮮やかな包装。こつな基地施設の中ではかなり目立つしろものだ。


「お土産みやげだよ、開けてみな」


 てのひらで勧めるとグリペンはより一層まゆを寄せた。警戒もあらわに包みを開ける。


「お菓子?」


 キツネ色のパンをねじり合わせたような形状。表面には砂糖がまぶされ白く光っている。大きさは十センチ程度、それが五本ほど入っていた。


麻花マーホアっていうんだよ。中国のお菓子だ」


「中国の……」


 かなざわ明華ミンホアが買ってきてくれたものだ。避難民の入り口となっている金沢は、沿岸部を中心に小規模な中華街ができあがりつつある。中国の日用品・食材も買いやすくなっているとのことだった。


 とりあえず一本手に取りほおる。意外なほどの歯ごたえに続き柔らかな甘みが広がった。生地が硬いため気を抜くと分解してこぼれ落ちそうになる。それを避けるように次から次へとかぶりついていくのがいつもの食べ方だった。


 グリペンはしばらく戸惑っていたが、ややあって思い切ったようにかじりついた。ごりっと鈍い音が一回、灰色の目が揺れる。


「硬い」


あわてて食べるからだ。ゆっくり奥歯でかみしめろよ。ほら、こうやって」


 実演してみせるとグリペンは手元の麻花マーホアを持ち上げた。もう一度慎重に口をつける。今度はきちんとかみ砕けたのか、小動物のようにほおを動かしている。


「……おいしい」


「そうか、よかった」


けいは中国に住んでいたの?」


 興味深そうにたずねてくる。ああ、言われてみれば話してなかったな、そのあたりは。


じようじゆくって町にいたんだ。親父おやじの仕事でな。知ってるか? 常熟」


「……分からない」


「まぁ日本じゃあんまり知られてないかもな。上海シヤンハイの北西にあって工場や研究施設が多いところだよ。ただ古い町並みも残っていて結構ゆったりしたふんかな。ちょっとここ……まつの町と感じが似てるかもしれない」


「行ってみたい」


「今は無理だろ。まぁザイをなんとかできたら案内してやるよ。ああ、そうだ」


 携帯端末を取り出す。検索画面を立ち上げ「常熟」と入力した。ほうとう公園とか、日本人(?)には結構物珍しいであろう画像を探しかけたが。


 指が止まる。新着リンクがトップに現れていた。At Changshu 8th June……六月八日常熟、十日前?


 自分達が脱出したあとだ。何か調査でも入ったのか、様子を確認しようとサムネイル画像をタップした、しゆんかん


 ……!


 全身から血の気が引いた。


 信じられない光景が映し出されている。いや、ある程度覚悟はしていた。あれだけしやくない攻撃を加えてきたザイのことだ。町並みにも相応の被害が出ていると思っていた。崩れたビルや街路。最悪はいきよが映っても動揺すまいと覚悟していた。が。


 表示された写真には……何もなかった。


 ちようこうのほとりに一面の平原が広がっている。わずかに盛り上がった地形はさんか。ほかには何のおうとつもない。れきも草木もなく、ただ灰色の大地が続いていた。


 二枚目の写真、三枚目の写真、四枚目の写真も同じ光景が広がっている。


(……っ!)


 吐き気がこみあげてきた。


 消しやがった。やつら町を一つ消しやがった。


 まるではるかな昔から人など住んでいなかったかのように、もとから無人の荒野だったかのように。


 なんてことを……しやがる。


 これではもう戻れない。仮に住民が帰還しても造り上げる町はまったく別のものだ。じようじゆくという町は事実上世界から消滅したのだ。


 ひどすぎる。一体なぜここまでする必要があるのか。単純に領土を広げたいなら人間を追い出すだけでいいだろう。町並みまでしつように破壊しなくてもよいはずだ。しかもよりにもよっておれの住んでいた町を、ねらって。


(狙って?)


 いや違う、違うのか。


 ザイがあえて一地方都市を目のかたきにする理由はない。だとすればこの破壊は常熟にとどまらないのではないか? 彼らが進撃してきた大陸の都市、すべてが同様のさいやくに見舞われているのだとしたら。


 ふるえが走る。ザイのきよういまさらながら心を冷やしてきた。彼らは人類を、その被造物を本気で消滅させようとしている。歴史から消し去ろうとしている。名状しがたい恐怖が意識を満たした。


けい?」


 グリペンが不思議そうに首をかしげる。あわてて「あ、ああ」と画面を消した。


「悪い、ちょっとぼうっとしてた」


「体調悪いの?」


「そういうわけじゃないんだろうけど……寝不足かもな」


「きちんと寝て」


「分かった」


「私はいつでも眠れる。空でも、歩きながらでも」


「それはだめだろう」


 意識障害と睡眠を一緒にするな。肩の力を抜いたしゆんかん、グリペンが紙袋を取り出した。


「お返し」


「は?」


「慧にプレゼント。いつも助けてくれるから」


 まじまじと見つめる。青地のげ袋だった。側面に戦闘機がプリントされ、下に「JASDF まつ基地」の文字がある。売店の土産みやげものか? クッキーでも入っているのだろうか。おもむろに袋を開きかけると「だめ」と制止された。


「ここでは開けないで。家に帰ってから」


「なんで?」


「恥ずかしい」


「……」


 何が入ってるのか余計気になってくる。だが開けるなというのを開けるのもすいだ。小さくうなずいて橫の席に置いた。


「まぁ、礼を言っておくよ。ありがとう」


けいもありがとう。マーラー」


麻花マーホアな」


 マーラーって作曲でもするつもりか。


 グリペンは「じゃあ」と立ち上がった。


「食事取ってくる。慧の分も……お、お、おごりで」


「無理するなよ、自分で出すから」


「いい、私のきよう


 さいですか。


 ならばお言葉に甘えようと頭を下げる。グリペンはしかつめらしい顔ではいぜんじよに向かっていった。


(はぁ)


 呼吸を整える。落ち着け落ち着け、ただでさえあいつは不安定なのだ。自分のショックを伝染させちゃいけない。忘れろ、忘れろ、忘れろ。


 ちやわんのお茶をのどに流しこんだ時だった。

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