*Ⅳ* 5/9


 ガチャーンとけたたましい音がひびいた。周囲のけんそうみ視線が集まる。


 配膳所の前でグリペンがひざを突いていた。床にトレイや食器が散乱している。前の隊員にぶつかったのか、おろおろと視線を動かしていた。ややあって隊員の服に汚れを見つけ手を伸ばす。


「あ……く」


「触るな化け物!」


 じんじようでない怒声がとどろいた。隊員が顔を引きつらせている。浅黒なほおが大きくゆがんでいた。


「何食わぬ顔して出歩きやがって。おかしいだろ。なんでおまえみたいなのが野放しになってるんだ? え? どうして自由に動き回れてるんだよ」


「わた……しは」


しやべるな! 人間の顔でこちらを見るな」


 異様なふんだった。耐えきれず席を立つ。ひとみをき分けグリペンの前に立った。


「やめてください! 何してるんですか!?」


 視線をもたげにらみつける。突然のちんにゆうしやに隊員が沈黙した。しげしげとこちらを見つめ。


「なんだおまえは」


「こいつの調整に協力してる者です。それよりどうしたっていうんですか。ただ転んで皿を落としただけでしょう。怒鳴りつけるような話じゃないはずです」


 だいいちグリペンは非を認め相手の汚れをき取ろうとしていたのだ。その動作をはねのけるのはあまりに大人おとなげない。じよう反応と言えた。


 だが隊員は「調整……協力?」と口角をもたげた。


「そうか、おまえもほんの連中の仲間か。こいつに好き勝手させてる張本人ってわけだ」


「好き勝手……って」


「怪物は怪物らしくおりの中に閉じこめとけって言ってんだよ。おれ達の視界に入れるんじゃない。くうのパイロットにも戦死者は出てるんだ。これ以上みんなの神経を逆なでするな」


 何を……言っているのか。


 分からない。グリペンが怪物だと言っているのか? いや怪物のような戦闘能力を持っているのは確かだが、彼女の力はザイに向けられている。助けになりこそすれみ嫌う理由はないはずだった。


「戦死者が出たって言いますけど」


 押し殺した声ではんばくする。


「こいつだって不調の中、危険な任務に投入されてるんです。一人だけ楽してるわけじゃない。なのに一方的に責め立てるとかおかしいでしょう?」


 隊員の顔が面食らったようにゆがむ。数回まばたきした後、くちびるの端が持ち上がった。


「まさかおまえ……知らないのか?」


「? 何がですか」


「そいつが何でできているかだよ」


「どういうことです」とたずねかけたしゆんかん、服をつかまれた。グリペンがふるえるようにかぶりを振っている。


けい、慧もういい。やめよう、席に戻ろう」


 あとから考えればこの時、彼女の意見に従うべきだったのかもしれない。だが混乱が足を鈍らせた。思考を遅延させた。言葉を失いしゆんじゆんしているうちに隊員が口を開く。決定的な単語が空気を揺らした。




「そいつらは……アニマは、げきついしたザイの部品で作られてるんだよ」




 ……。


 え?


 今なんて言われた。アニマが……ザイでできている?


 鹿な、ありえないと否定しかけていくつかの事実が思い浮かぶ。


 人類の科学を超越したドーター・アニマの力。


 基地内におけるグリペンへのおびえたふん


 そしてしろどおりの発言、「設計者だからといってすべてをあくできるわけではない」という言葉。


(グリペンが……ザイ?)


 母親を殺し、上海シヤンハイ脱出船団を壊滅状態に追いこみ、じようじゆくの町を消滅させた、あの怪物達と同じ存在。


けい──」


 ……っ!


 気づけば差し伸べられた手を払っていた。恐怖に顔がゆがむ。が感情の激発は生じた時と同様にいつしゆんさんした。


 グリペンがふるえていた。細い肩を揺らしがくぜんとしている。大きく見開かれた目に絶望の色があった。あたかも親に捨てられた子供のように、飼い主に見捨てられた子犬のように。


 瞬間自分が何か大切なものを打ち壊してしまったことに気づく。だがもはや取り返しがつかない。グリペンはくちびるみしめ後じさった。


「グリペ──」


 呼びかける間もなくペールピンクの髪がひるがえった。軽い足音が遠ざかっていく。背中を追うことはできなかった。

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