*Ⅳ* 6/9



          *



 翌日、基地への訪問を取りやめた。


 祖父母には体調不良だと説明してある。実際熱っぽかったし身体からだのだるさもあった。うそはついていない。ただ最大の原因……精神的な問題については語っていなかった。


 さらになっていたじようじゆく市街。


 あこがれていた存在がこともあろうに敵と同根だったこと。


 それをグリペンやほんのスタッフに隠されていたこと。


(なんなんだよ……ったく)


 裏切られた思いだった。いや、好意的な解釈もできるのだ。ザイから流用したパーツはあくまで部品レベル。スクラップヤードで拾ったネジを使ったようなもの。だからグリペンはザイと違う。あんな悪魔のような存在ではない。


 だが事実が楽観を否定する。


 しろどおりはアニマのことを研究途上と呼んだ。チューニングには非常なくせがあり適合する戦闘機を見つけるのも一苦労だと。


 つまりブラックボックスなのだ。ザイのコンピュータ? か何かを回収しそんの飛行機に載せかえた。内部の仕様は分からず問題が起きても対症療法でのぞむしかない。そんな不確かな存在をなぜ信用できる? いつ元の怪物に戻るか分からないというのに。


 今こそ自衛隊員の恐怖が理解できた。仲間を殺した存在の同族が基地内を歩き回っている。人間のような顔でしやべったり視線を巡らしたりしている。どれだけストレスになっただろう。ふざけるな、視界からせろと怒鳴りたくなるのも当然だ。


(もう、やめよう)


 彼女にかかわるのはよそう。もともとなぜ白羽の矢が立ったのか分からない話だ。グリペンと自分が補完し合うように作られてる? 鹿な、冗談も休み休み言え。なんでザイと一高校生がペアで設計されているのか。


 とんかぶり眠りにつこうとしたしゆんかん、だが最後の光景が脳裏をよぎる。がくぜんとした表情のグリペン、灰色の目が大きく見開かれ、伸ばした手が力なく落ちる。ややあってペールピンクの髪が翻り足音が。


 ……くそっ。


 なんで自分が罪悪感を覚えているのだ。あいつはザイなんだぞ。しかもその事実を隠して何食わぬ顔で付き合っていた。正体がばれたからってショックを受けるとか、虫がよすぎるだろう。だったら最初から話しておけっていうの。自分を信用していたならなおさら。


 コツコツとノックの音がひびく。


 開いた扉のすきから明華ミンホアが顔を見せた。


けい、なんか基地の人から電話だけど」


「……」


「体調直ったら連絡がほしいって」


 れ物に触るかのごとき口調。


 彼女はしばらく返事を待っていたが、ややあってたんそくした。


「ご飯は食べにきてよね」と扉を閉める。


 音が消え静寂が戻ってきた。




 次の日も、その次の日も基地には行かなかった。


 電話連絡は翌日もう一度来たのを最後に途絶えた。先方もひまではないのだろう。聞き分けのない子供を相手にするくらいなら、もう少しなアプローチを検討し始めたというところか。まさしく真っ当な考え方だ。むしろ最初の話が無茶苦茶というべきだろう。自分が近寄るだけで戦闘機が正常どうするなど。


 さらに日が変わる。


 午前十一時、慧は浅い眠りから目覚めた。かべかけカレンダーのづけらんに大きく○がつけられている。六月二十一日水曜日、下には「正午」のただし書きがある。グリペンのテストフライト日、彼女の運命が決まる時間だった。


(どうするつもりだろう)


 とんの中で独りごちる。


 予定通り飛ぶのだろうか、あるいは仕切り直すのか。いくらなんでもわずか数日で自分の代わりが見つかるとも思えない。であればテストを延期する? だがしろどおりの話を聞く限りゆうちような時間かせぎが許されるとも思えなかった。ということは。


「ああっ、もう」


 髪をき混ぜる。気にしたって仕方ないだろう。どのみちもう手遅れだ。フライトまであと一時間しかない。今更顔を出したところで何をしに来たという話だ。


 とりあえず朝食でも食べるか。昨日も一昨日おとといもろくに食事していなかったし。明華も心配している。身体からだを起こしベッドから下りかけた時だった。


 視線がビニールのこうたくをとらえた。学習机のわきに青のげ袋が置かれている。側面にプリントされた戦闘機のシルエット、その下のまつ基地という文字。


 あいつのお土産みやげか。


 持って帰ったきり放置していた。確か家に帰ってから開けろと言われてたっけ。何を入れていたのだろう。食べ物なら悪くなっているかもしれない。だとすれば放っておくわけにもいかなかった。


 気が進まぬまま袋を取り上げる。シールをはがし開封。


(なんだ……?)


 カラフルな毛糸の編み物が出てくる。白とオレンジ、赤の混ざった細長い物体。え、これ、マフラーか?


 よく見ればところどころにおうとつや模様のゆがみがある。手編みなのか、いや女の子からのプレゼントで手編みのマフラーってのは王道かもしれないが……今六月だぞ?


 なにがしか意図があるのではと思い袋を探る。底から数枚の便せんが出てきた。すみに花柄がプリントされたわいらしい用紙、そこにたどたどしく文字がつづられている。




けいへ。


 いつもありがとう。


 慧のおかげでわたしも飛ぶのがこわくなくなってきました。テストフライトがんばります。なにかお礼をしたいとギホンのひとに相談したら「手づくりのものがいちばん。男なんかいちころ!」といわれました。でもなにをつくったらいいかわからないので色々本をよんでべんきょうしてマフラーにしました。いちころですか』




 だから季節を考えろよ。あとそのアドバイスをした人もどうなんだ。戦闘機相手に何をいちころにさせようというのか。


 相変わらずどこかズレている。あきれ顔で便せんをめくると手紙の様子が変わった。

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