*Ⅳ* 2/9


 開口部から中に入った。段差を上りコクピットへ。狭い。左右に機材が迫り圧迫感がある。目の前には三枚の液晶ディスプレイとHUDが装備されていた。アナログ計器のたぐいは見当たらない。高度計からエンジン回転数まですべて液晶に表示するということか。何かテレビゲームの操縦席みたいだ。セスナの方がよほど工業製品らしい。


 舟戸が後ろから声をかけてくる。


「アニマ用のインタフェースはオフにするから普通に操縦してみてくれ。チェックリストは座席の左側に置いてある」


「左側」


 スロットルレバーの橫にさつが置かれている。ぱらぱらめくってみると事前の確認項目、発進手順などが書かれていた。記述に従いバッテリーオン、補助動力を起動する。続けて各種ステータスを確認しようと思ったしゆんかん自己診断装置BITEが勝手にテストを進めていってしまう。液晶ディスプレイに次々表示される結果を見ながら「おいおい」と独りごちた。


(無茶苦茶、省力化されてるじゃないか)


 これが欠陥品だったらほかの飛行機はどうなるんだ? 一日かかっても飛ばせないぞ?


 エンジン出力が上がったのを確かめてスロットルレバーを押しこむ。タキシング、ステイ、そして滑走開始。


 周囲の景色が飛ぶように流れていく。センターラインの間隔が徐々に短くなっていった。スピードメーターを確認。220、230、240……OK、ローテート、息を詰めつつ操縦かんを引く。機首がふわりと持ち上がり視界が開けた。


 上昇。青空が迫り、またたく間に高度表示が一万フィートを超えた。軽い。セスナほどではないが風に乗る感覚があった。エンジンパワーが強いのか? いや違う。機体自体が軽量なのだ。操縦桿の動きがすぐマニューバに反映される。扱いやすい、ひどく素直な挙動だった。


 シミュレータのシナリオは非戦闘時の想定らしい。機影一つない空を自由に飛び回る。やがて空港に着陸。そこからもう一度離陸を行った。


「へぇ、筋がいいな」


 ふなかんたんの声を上げる。


「もう少し手間取るかと思ったんだが」


「いや、シミュレータだから思い切って動かせてるだけですよ。実機なら怖くて及び腰になっちゃうでしょうね」


「にしても大したもんだ」


 実際は見た目ほど余裕があるわけではない。火器管制のボタンはどれ一つ使い方が分からないしディスプレイの表示も半分以上読み飛ばしている。本当にただひたすら飛ばしているだけだ。戦闘機としての使い方はまったくしていない。


 ただそれでも飛行を繰り返すうち機体の特性が分かってきた。離陸はともかく着陸距離が異常に短い。逆噴射装置のようなものはないからグリペン自体の制動性能が高いのか。


 カメラアングルを調整して機体をかん。その状態でタッチダウンしてやっと理由が分かった。通常のエアブレーキに加え、先尾翼カナードが前傾し空気抵抗となっている。軽量な機体と独特のよく配置で短距離離着陸性能を実現しているらしい。


 なるほどなぁと感心したしゆんかん、画面にミッション更新の表示が出る。インターセプト……ようげき!?


 ぎようてんして振り向くと舟戸がにやけ顔になっていた。


「そろそろ飛んでるだけじゃ退屈だろう」


 マジか。あわてて手元のマニュアルをめくる。兵装ステーションの確認、パイロンのせんたく、安全装置の解除方法。ミサイルは……使い方不明。とりあえず機関砲をアクティブにして戦術マップを確認する。敵機は東から侵入、高速で飛行場に接近中。


 スロットル全開で離陸する。が、高度をかせぐ前にの距離がゼロになった。上空からせんが降り注ぐ。


「っ!」


 右バンクしたものの画面が赤色に明滅する。けきれなかったのか、歯ぎしりしつつ旋回、敵機の姿を探した。せつ、鳴りひびく警告音。レーダー画像を見ると背後に敵影が現れていた。いつの間に回りこまれていたのか。必死でスピードを上げるも振り切れない。切り返し、降下、ループ。


 天地がひっくり返り空のグラデーションが反転する。だが警告音はまない。ぴったりと後ろに食いつかれている。あたかも磁石か何かで引き合っているかのように、すぐ背後についずいされていた。


 多分敵の方がゆうそくなのだ。そして機動性も高い。自分程度の腕前ではどうやっても逃げられそうになかった。


 なら。


 思い切ってスロットルを絞る。次いで機首上げ。一気にスピードが落ちる。引き離せないのならいっそ相手に追い越させようと思ったのだが。


 ……!


 もくは半分うまくいき、半分予想外の結果を招いた。


 敵が前方に躍り出る。だが機関砲のねらいをつける間もなく急加速された。機影がまたたく間に小さくなる。あわててスロットルを開くも運動エネルギーを失った自機ではとても追いつけない。そうこうするうちに敵機がヘアピンのごときターンを決め、斜め上方よりおそいかかってきた。


 さきほどまでとは比較にならない光の明滅がモニタを埋め尽くす。


 画面が停止した。何が起こったのか、考えるまでもない。げきついされたのだ。迎撃ミッションに失敗し自機を失った。ザイの機体性能をめていた。いや、これはシミュレータだから難易度の設定を見誤っていたというべきか。


 とはいえ今の結果は重大な事実を示している。


 有人機でザイと格闘戦はできない。シミュレータということで思い切った機動を取ってみたがまるで相手にならなかった。機動性、エンジンパワー、反応速度、どれを取っても打ちできない。およそ努力や訓練でくつがえせそうなレベルではなかった。であれば近接戦闘は避けて視界外からミサイルを撃つ? あるいはりようおとりにしその間に攻撃するとか。


(相手に抜かせるのは、ありだと思うんだけどな)


 シミュレーション最後の試み。


 振り切れないのであればいっそ追い抜かせてしまう。前に行かせ無防備な背中を狙う。


 だがスロットルを絞れば敵の加速に対応できない。エンジンパワーをかしたまま急減速する方法はないものか。機首上げ、旋回、エアブレーキ……いや、通常の機動を行ってもザイは問題なくついずいしてくる。もっと急速にスピードを落とす方法は。それこそ空中でつんのめるくらいの勢いで。


 待てよ。


 脳裏に一つのイメージがよぎった。空港に降り立つグリペンの映像。異様に短い制動距離。エアブレーキだけでなくカナードも空気抵抗として使って。


けいっ」


 とうとつに肩を揺すられた。


 いつの間にかグリペンがシミュレータに入ってきている。まゆを寄せ不機嫌極まりない表情だ。


「お、おう、どうした?」


「みんなが『慧の方が安定して飛べてる』とか言ってる。ありえない。きっと何かズルをしていた。説明を要求する」


「ズルなんかするかよ。というか結構扱いやすいな、これ。全然欠陥品じゃないぞ。あと何回か触らせてもらえたら普通に実機も操縦できそうだけど」


「……!」


 絶句する彼女の髪をき混ぜ席から降りた。背後からの抗議を受け流しつつシミュレータを出る。外ではふなが待っていた。口元をにやけさせ「どうだった?」とたずねてくる。


 ほおが熱い。


 内心のこうようが、興奮が見抜かれているようにも感じた。だが表向きはあくまで平静に「そうですね」と答える。


「ええまぁ、なかなか貴重な体験でした」


「そうかい、それはよかった」


 舟戸が愉快そうにうなずく。「で、ですね」とけいは慎重に言葉を継いだ。


「次の休憩時間、余裕があればまた触らせてもらってもいいですか?」

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