*Ⅴ* 2/9


「……まぎらわしい言い方しないでよね、っとに」


 買い物かごを片手に明華がる。


 駅北東、国道305号沿いのショッピングセンターに慧達はいた。レンタルビデオショップやアミューズメント設備、ファストフード店などもへいせつされきんりんでは一番大きな商業施設だ。せつかくだから一しよで色々買えるところがよいだろうと思い誘ってみたのだが。


「もうっ、まったくもう」


 ひどく不興を買っていた。さんいろくちびるがあひるのようにとがる。けんしわが深くなった。


「ただ単に買い物にとか……かんちがいしちゃったじゃん、鹿みたい」


「何と勘違いしたんだ?」


「なんでもなーい!」


 慧のくせに生意気な、とじん極まりないクレームを付け加えてくる。わけが分からない。たんそくし視線をらした。


 平日午前のショッピングセンターはすいていた。吹き抜けの休憩スペースに老人が座っている。えつけのテレビがワイドショーを流していた。店員も手持ちぶさたなのか、時折思いついたように陳列を直している。ひどくゆったりした時間が店内に流れていた。


「えーっと、掃除用具……はもう買ったよな。食料品もOKで、あとはなんだっけ?」


「お酒、おさんがしようちゆうをボトルで欲しいって言ってたから」


「うえ、重そう」


「文句言わない、行くよ」


 さつそうと歩き出して、だが不意に立ち止まる。視線の先にあるのは……玩具販売店スペース?


「わぁっ!」


 子供のようなきようせいを上げて売り場に駆け寄る。大ぶりな目をきらめかせ商品を取り上げた。


「すごい! ララ・ピーチのマジカルステッキだ。コンパクトもある!」


 女児向けの玩具おもちやだった。そういえばこいつ、昔から日本のアニメとか好きだったな。DVDも持ってたし。いい加減卒業したかと思っていたが。


「ピーチの甘さが世界を救う!」


 むしろ悪化していた。決めポーズを取る彼女に周囲の子供客が拍手する。恥ずかしい。なるべく視線を合わさないよう退散しかけると。


「あ、ちょっとけい、どこ行くの。慧も手伝ってよ、これララ・アップルと二人で掛け声しないと様にならないんだから」


おれが魔法少女やるとかありえないだろ! どんな罰ゲームだよ」


「よい子のみんなー? あのお兄さんにララ・アップルやってほしいよねー」


「うん!」


「うんじゃねぇよ! おまえらもノリで答えんな!」


 必死に固辞するほど周囲の注目を集めてしまう。しまいに耐えかねて逃げ出した。


「こら、逃げるな!」


「にげるなー」


 ショッピングカートを押して走る自分に、魔法少女装備の女子高生と子供達が続く。果たして周囲からどう見えたのかはあまり考えたくない。




 残りの買い物をすませてファストフード店に入る。


 途中の騒動があったため、すっかり疲れてしまっていた。かわいたのどうるおそうとジンジャーエールを注文する。ついでにフライドポテトとアップルパイを一つずつ頼み席に戻った。どちらを食べたいか明華ミンホアに確認してから精算と思ったのだが。


「ごちそうさま」


 あっけらかんと告げてパイを取り去っていく。って、おいちょっと待った。ごちそうさま?


「割りかんだろ? 今日は俺の方が荷物たくさん持ってるんだし」


「ふっふーん」


 明華は不敵にほほみ携帯端末をかざした。


「さっきの写真、おさんおさんに見せてもいいのかな?」


「……」


 おどされた。ちなみにどんな写真を撮られたかはあまり言いたくない。興奮した子供をしずめるには時にプライドを捨て去ることも必要なのだ。


「まぁ心配しないで、ここの支払い持ってくれるならちゃんとさくじよしておくから。本当大サービスだよ? 私まだ胸まれたこと根に持ってるんだし」


「揉んじゃいないだろう……」


「後ろから羽交い締めにされて」


「してねぇし! てか周りに聞こえるような声で言うな!」


 明華ミンホアはすまし顔でアップルパイにかじりついた。なかなかにくたらしい。まぁ元気になったのはよいことだが。


「なぁ、あんまり無理はするなよ」


「ん?」


ソンおじさんおばさんのこと、心配なのは当たり前なんだから頑張って明るくしなくてもいいんだぜ。そりゃみたいにぼうっとされてたら心配になるけど、でもつらかったら辛いって言ってもらった方が」


「……無理してる風に見える?」


「ちょっとな」


「そっか」


 長いまつを伏せる。小首をかしげ苦笑。


「付き合い長いとこういう時不便だね。隠したいことも秘密にしておけない」


「……」


「でもそれはね、けいも同じだよ」


おれ?」


「なんかかかえてるよね。例のバイトが始まってからずっと」


 分かるか。まぁろくに食事もとってなかったのだ。何もないと思う方が変だろう。実際まだ引きずっている。自分がもう少し早く基地に駆けつけていれば、あいつのそばにいてやればもっとましな結末が待っていたのでは。罪悪感にも似た思いが心をさいなんでいた。


「話して……くれない?」


 黒目がちな目が真剣な光をたたえる。あたしだって助けになりたい、慧を支えたいという思いがひしひしと伝わってきた。だが。


「もう少し……待ってくれ」


 まだ気持ちの整理がついていない。いまさらだがすべて終わったことを認めたくなかった。あの赤いつばさが二度と飛び立てないなどと信じたくない。何かつぐなえることはないか、自分にできることはないか考えたかった。


(そもそも信じてもらえると思えないしな)


 ザイから作られた演算装置が人間の女の子みたいになり、人類のために戦っている。あまりにもこうとうけいな話だった。説明したところで正気を疑われるだけだ。だから相談するにしても彼女達のことは伏せておかなければと思ったのだが。


「ごめん! ちょっと隠れさせて!」


 とうとつやまぶきいろの光がよぎった。テーブルの下にデニムジャケットの背中がもぐりこむ。何ごとか、目を白黒させていると荒い足音が近づいてきた。

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