*Ⅴ* 3/9


「おい、いたか! こっちはだめだ」


「こっちにもいない! ちくしようどこに行ったんだ」


 黒服の男達が視線を走らせている。インカムにサングラスというあまりにも不審な格好だった。いかついようぼうが引きつり舌打ちする。


「まだそう遠くには行ってないはずだ。探せ!」


「くそっ、手間かけさせやがって」


 周囲のぼうぜんとした視線を振り切るように走り去っていく。しばらくしてテーブルの下からぴょこんと金髪の頭が飛び出した。


「行った?」


「行った……けど」


 よぉっし! とガッツポーズして声の主が出てくる。ウェービーなロングヘア、宝石を思わせるへきがん、ぷっくりとしたくちびる。流れ落ちた髪は内側から発光するようにキラキラと輝き……って。


「い、イーグル!?」


「へ?」


 少女は虚を突かれた様子でまばたきした。


「なんでイーグルのこと知ってるの? って、ん? んんん?」


 額がぶつかりそうなくらい詰め寄られる。ややあって大きな目が丸くなった。


「やっぱり! こないだテストの時に見た人だ。お父様のとなりにいたよね?」


「あ、ああ」


 うなずいたしゆんかんけんのんな視線を感じる。明華ミンホアの顔がこわばっていた。


「どちら様で?」


 氷のような口調。声音に静かな怒気が感じ取れる。何とかんちがいされているのか、あわてて手を振る。


「ば、バイトの子だよ。こないだ入ってきたばかりで、おれも会うのは二度目なんだ」


「その割には距離近いけど」


「き、帰国子女だからじゃないかな。ほら、アメリカ人とかスキンシップ盛んだっていうし」


「アメリカの人なの?」


「じゃないかな、詳しくは聞いてないけど」


「ふぅん」


 追及がむ。とはいえまなしはまだ疑わしげなままだった。余計なことをかれないうちにとイーグルに向き直る。


「一体どうしたんだ? なんか追われてたみたいだけど」


「そーそー、無茶苦茶しつこいんだよ。いやになっちゃう」


「基地に連絡した方がいいんじゃないか」


 声をひそめてたずねる。ひょっとしてスパイとか、そういう人種にねらわれているのかと思ったのだが。


「ん? あれが基地の人だよ」


「は?」


「護衛だかお目付役だか知らないけど、ずーっと橫くっついてるんだもん。うつとうしいから振り切っちゃった」


 脱走中かよ!


 なんてこった! 不正行為に荷担してしまった。自衛隊から機密兵器をいんとくしてしまった。


 固まるこちらを気にした風もなく、イーグルはほおふくらませた。


せつかく外出許可が出たのに、やれあそこは危ない、ここは目立つってダメ出しばかりだもの。つまんない。にいた時は毎日こくさい通りで遊んでたのに」


「そうなのか……」


「米軍の人達と一緒にあわもり飲み歩いてたよ!」


 周りの客がいつせいに振り返る。慌てて「泡盛風ジュース、ジュースな!」とフォローした。中身はどうあれ外見は未成年の少女なのだ。飲酒はやばい、警察を呼ばれかねない。


 しかしずいぶん行動的なアニマもあったものだ。グリペンとは全然違う。事前知識がなければ普通に陽気な外国人の女の子と思っていただろう。


「で? おまえ、このあとどうするんだよ。基地の人、振り切ったはいいけどかんがあるわけじゃないだろ。一人で町を散策するのか?」


「え?」


「そもそも移動する足がないだろ。この町、徒歩だとすごく動きづらいぞ」


 何せロードサイド店が圧倒的に多い車社会だ。駅前もかんさんとしているし、彼女の求める遊び場はそう簡単に見つからないはずだった。


「君はどうしてるの?」


おれは……自転車だけど」


 イーグルはしかつめ顔で考えこんでいたが、ややあって両手をたたいた。


「そうだ! 君に案内してもらえばいいんだ。自転車乗せてもらって!」


「はぁ!?」と叫んだのは明華ミンホアだ。さすがに我慢も限界となったのかから腰を浮かす。


「あなたね、見て分かんない? 今けいはあたしと一緒に買い物中なの。それを突然やってきて二人で遊ぼうとか何言い出してるわけ?」


「じゃあ三人で遊ぼう!」


「……!?」


 放っておくとどんどん状況が悪化しそうだったので割って入る。明華にアイコンタクトで謝罪しイーグルに向き合った。となりの椅子を引き寄せつつ。


「悪い、俺達今日はあんまり時間がないんだ。案内はまた余裕のある時にさせてくれ。代わりに何か好きなものおごってやるからさ」


「え? なんでも」


「一品だけな。ほら、座れよ。飲み終わるまでは俺達も付き合うから」


「えーっと……じゃあ、じゃあね、シェーキ! イチゴ味!」


 目を輝かせリクエストしてくる。「分かった、分かった」と答えて明華の耳元にささやいた。


「すまん、ちょっと相手してやってくれ」


「なんであたしが!?」


「見ての通り子供みたいなやつなんだ。幼稚園児をあやすと思って、な?」


「……」


 カウンターに向かいストロベリーシェーキを注文する。急いで席に戻ると明華がげんな顔になっていた。


「慧? アニマとかドーターってなんのこと? さっきからこの子わけの分からないことばかり言ってくるんだけど」


 機密保持意識の欠片かけらもないな! この戦闘機は!


「バイトの用語だよ、肩書きとか商品コードとかそういうやつ」


 必死にして着席、イーグルの白人のように白いおもてを見つめた。


「てかおまえ、忙しいんじゃないのか? 配属後の訓練とか打ち合わせとかあるだろう」


 金髪の少女はシェーキのストローを吸った。


「訓練なんかもうとっくに終わらせたよ。シミュレータ使ってザイの一個小隊を撃破、四機全機げきつい。三分もかからなかったな。あとは基地の飛行隊とせん、もちろん圧勝」


「……すごいな」


 シミュレータって、グリペンが四苦八苦していたプログラムだよな? あれを簡単にクリアしたのか。しかもザイ四機相手に。さすが大口をたたくだけはある。


 彼女は「それに」と言葉を続けた。


「どうせイーグルは一人で飛ぶし、打ち合わせとか必要ないよ。空に上がっちゃえばやることはいつも同じだし」


「そう……なのか?」


ほかのアニマと共同作戦するなら話は別だけど、まつはイーグル一人だから。あーあ、おきなわの時はバイパーゼロとスコア競って張り合いがあったんだけどなー」


 イーグル一人、という言葉に反応する。待て、あいつは、グリペンはまだ健在だろう? 確かに戦力外通告は受けたものの実際のはいまでまだ間があるはずだ。しろどおりが言っていたではないか。「もう一度上層部に働きかけてみる」「再テストの実施を依頼する」と。その結果も知らされないうちに最後の時が来たなどと信じたくなかった。


「グリペンは……どうしてるんだ?」


 恐る恐るたずねる。たんイーグルは目に見えて不機嫌顔となった。


「君もあいつのこと気にするんだ」


 サンダルのかかとが地面をる。みずみずしいくちびるねたようにとがった。


「お父様と同じ。イーグルがそばにいるのにあんな出来損ないの子気にかけて。わけ分かんない。イーグルの方がずっとずっと役に立つのに」


「それは分かったから……で、どうなんだよ。まだ基地にいるのか」


 必死に食い下がるとイーグルはおつくうそうに視線をもたげた。


「いるよ」


 ほっと肩の力が抜ける。よかった、なら。


 だが彼女はあくまで淡々とした調子で続けた。


「でもそれも明日でおしまい。運用終了が正式決定したみたいだからドーターごと処分されるんじゃない? もう今晩にも工場に運ばれるはずだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る