*Ⅴ* 4/9


 ちくしよう、畜生、畜生。


 毒づきながら自転車を走らせる。全力しつそう、周囲の景色が飛ぶように流れていく。国道305号から県道4号、鉄道の高架をくぐりまえがわの橋を渡った。彼方かなたに浮かび上がる基地を見つめながらけいはもう一度「ちくしよう」とつぶやく。


 今日の明日とか急すぎるだろう。しろどおりは何をやっていたのだ。あれだけいつも自信満々な顔をして、上からの圧力一つ抑えきれないのか。げんめつだ。彼から有能さを取り去ったら何が残るのか? ただのデブじゃないか。しっかりしろと言いたかった。


 だが本音では分かっている。責められるべきは自分だ。おのれいながらただ漫然とろうほうを待っていた。事態が好転するのを期待していた。母親が死んだ時も同じ。結局自分はいつも問題から距離を置いている。己が無力だから、敵が強大だから、様々な理由をつけて立ち向かわずにいる。虚無主義者を気取っている。


 情けない。本気でグリペンを救いたければ何かしら行動を起こすべきだったのだ。人任せにせず、己の力で。


 基地の正門に自転車をめ警衛所に駆け寄る。ガラス窓をたたかんばかりの勢いで隊員を呼び出した。


「はい……ああ、また君か」


 顔なじみの男性だった。何度か八代通を呼び出してもらっているのでめんを覚えてもらっている。


「八代通さんに取りついでもらえますか」


「はいはい」


 内線を取り上げる。通話向こうの相手と話した後、肩をすくめた。


「やっぱり不在らしいね。しばらく戻る予定はないみたいだ」


「じゃあほんだれかに会わせてもらえませんか。急ぎの用なんです」


「そりゃ無理だよ。ちゃんと面会相手を指定してもらわないと」


「お願いです」


「お願いされてもだめなものはだめだね」


 取りつく島もない。


 そうこうしているうちに次の訪問客が後ろにつく。押し出されるようにしてわきに追いやられた。だめだ、やはり正攻法では入れない。


 どうする、出直すか? だがもう一度来ても入れてもらえる保証はない。だいいち今から自分がやろうとしていることは完全に違法行為だ。仮にほかの技本スタッフと連絡がついたとして、協力してもらえる可能性は低かった。


(とりあえず中に入れさえすればいいんだけど)


 いつたん自転車を引き正門から離れる。視線を巡らしているとオリーブドラブのトラックが目に入った。輸送車両だろうか、基地外周の道路をゆっくりと近づいてくる。


 ……やってみるか。


 いつしゆんちゆうちよした後、覚悟を決める。かべぎわに隠れトラックの接近を待つ。ほろの後ろが開いているのを確認、車速が落ちた瞬間をねらい荷台に飛びこんだ。


 幸い中に人は乗っていなかった。荷物の間に入りこみ息をひそめる。車はいつたん停車した後、エンジン音をひびかせ走り出した。受付をパスしたらしい。正門の姿がゆっくりと遠ざかっていく。


(やっちまった)


 きもが冷える。いまさらながら自分の行動が恐ろしくなってきた。だが後戻りはできない。ころいを見計らってトラックから飛び降りる。周囲の視線を気にしながら建物の陰に隠れた。


 深呼吸を一回、たかぶるどうしずめる。めいもくし目的をもう一度確認した。グリペンを見つける。彼女と話をする。そして。


 必要なら──連れて逃げ出す。


 ファストフード店でイーグルをかくまったのとはわけが違う、しようしんしようめいの犯罪行為だった。だがそれ以外に何ができるというのか。とにかく時間をかせぐ、今晩の移送をストップさせる。残り少ないタイムリミットを前に一高校生の取れる手段は大して多くなかった。


(大丈夫、堂々としてれば声をかけられることもない)


 グリペンの訓練に付き合っていた頃と同じだ。あの時だっていちいち誰何すいかされたりしなかった。


 ふるえる身体からだしつして動き出す。頭の中で基地の地図を思い起こした。彼女は一体どこにいる? 一番可能性が高いのはほんの執務棟だ。だが建物に入るのはさすがにリスクが大きい。まずは危険の少ないところから回るとして……ハンガー、食堂、あとは売店くらいか?


 よし。


 意識して気楽に歩き始めた。


 まずは手近な福利厚生施設、そのあと1格から3格までハンガーをのぞきこんでいく。幸いというべきか、自分に注目する者はいなかった。だがペールピンクの髪の少女はどこにも見当たらない。しんのドーターも姿が見えなかった。


 三十分ほど歩き回ってたんそくする。だめか、やはり技本の執務棟に乗りこむしか。


 そうな覚悟を固めかけて、だが一つの記憶がよみがえった。


 ……待て、まだ行っていないところがある。彼女に連れていってもらった場所、「お気に入りの空間」


 ──旧海軍のえんたいごう


 まさかとは思う。はい目前の兵器があんなところを歩き回れるはずもない。だがとうとつな思いつきは意外なほどの強さで心を動かした。


 行ってみるか。


 回れ右して来た道を戻る。息を切らし足早に。かつてグリペンと歩いたルートを今度は一人で進んでいった。駐車場を抜け松林へ、ひとのない道路を歩いていくと見覚えのある場所に出た。


 かまぼこ形のコンクリートアーチ、台形の開口部と手前の解説板、そして中にちんするたんぱつのプロペラ機。


 あたかも時の流れから取り残されたように周囲はせいひつな空気に満ちていた。息を詰めアーチの下に入っていく。かべぎわに敷かれたビニールシート、積み上げられた缶バッジやお菓子の箱、現実離れした景色は二週間前と変わっていない、あの時のままだ。そしてそのかたわらでひざかかえているのは。


 ……いた。

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