*Ⅲ* 10/11
飛び散ったタレをナプキンでぬぐっていると、頭上からくぐもった音楽が
『ここからは識者の方にコメントをいただいていきます。ナガサキさん、激化する中国の内戦に対し我々日本はどう対処するべきでしょうか』
白髪のコメンテーターが『そうですね』とうなずく。
『在中邦人の安全を守るのが第一ですが、混乱終息後の外交関係も
『反政府勢力との外交チャネルを持つべきだと?』
『これだけ勢力が拡大しているわけですからね、いたずらにテロリスト扱いし続けるのも無理があるでしょう。少なくとも先方の指導部とコンタクトは取っていくべきかと』
は……。
ザイと外交チャネルの確立? 対話の準備?
何を言っているんだこの人達は。いやあまりテレビを見ないから知らなかったが、日本じゃ中国の状況をただの内戦だと思っているのか? そういえば第七艦隊出撃のニュースでも『反政府勢力』という言葉を使っていたな。ありえない、平和ボケにもほどがある。
あいつらは組織でも軍隊でもなんでもない、ただの
「これ、どうなんだろうねぇ」
店主が湯切りを振った。
「週刊誌じゃエイリアンの侵略みたいなことも書かれてるじゃないか。アメリカ軍も出撃したようだし、
「大丈夫」
強い口調で答えたのはグリペンだった。
「もしそうなっても私が町を守るから」
「……え?」
「すいません、こいつ漫画とかアニメの見すぎで」
店主は
「へい、らっしゃい!」
景気のよい声を上げて店主は接客に向かっていった。
ほぉと
「あんまりうかつなこと言うなよ。ここは基地じゃないんだから」
「でも大事なこと」
珍しく強硬に反発された。整った顔がきつく引きしまっている。
「人間を守る。みんなの町を守る、そのために私は作られた。たとえ調子が悪くても最後の最後まで戦って敵を
──仮に、そのために私が
「……」
ただ状況に流されているだけかと思ったが、違う、この子は
「
「
結局、夕刻まで散策に付き合った。
グリペンの興味は
午後五時、
いつの間にか大分郊外に来ていた。今のまま進んでいけば空港にたどりつくルートだ。
「どうする? このまま基地まで戻るか?」
「もう?」
「もうったって、それなりにいい時間だぞ」
ぐっとシャツの
「もう少し」
「でも」
「あとちょっとだけ」
「……」
「分かった、じゃああと一
地面を
四百メートルほど走ると一気に視界が開けた。道路が川の土手にぶつかる。陸地が途切れ水平線が現れた。河口だ。日本海にたどりついた。
「海」
グリペンが
「海!」
「ああそうだ」
下り坂をラストスパート、
「
「え?」
「ここのこと。何か歴史的に有名な場所らしいぜ。よく知らないけど」
おまえのデータベースにないのか? と
彼女の手を引き砂利道を上っていった。
「あ」
グリペンが息を
「きれい」
ワンピースの
(な……)
体温が上がる。呼吸が苦しくなり胸の奥が痛みを訴えた。
落ち着け、落ち着け
深呼吸を一回、巡らせた視線が自動販売機をとらえる。ああそうだ、冷たいものでも飲んで頭を冷やそう。
「おい、グリペン!」
大声で呼びかける。
「飲み物おごってやるけど、何がいい?」
「え」
グリペンは肩越しに振り返った。
「またご
そういやラーメン屋でも二千円近く散財したな。今日一日で
「おう、なんでもいいぞ」
「じゃあ」
と言ってグリペンは口ごもった。
「適当に缶コーヒーでも買っておこうか?」
たまりかねて
「じゃあ紅茶」
「苦い」
「炭酸飲料」
「舌が痛い」
思ったより好みがうるさい。
「分かった、
「ほらよ」
350ml缶を手渡すとグリペンは
「ヨーグルト?」
「苦くないしパチパチもしないだろ、それも
「ううん」
即座に否定されヨーグルト飲料を
「おいしい」
「そうか、よかった」
「好物」
「じゃあ最初から言えよ」
ほっとして自分の飲み物を開ける。まぁこいつ大分発育不良だし乳製品をたくさん飲む方がいいよな。アニマが成長するかどうか知らないが普通に飲食はできるみたいだし。平板な胸をうかがいつつ果肉を味わっていると、グリペンが小首を
「どうした?」
「ちょっと嫌なこと思い出した」
「嫌なこと?」
「『おまえは発育不良だから、いっぱい乳製品補給した方がいいぞ。甘いのが好きならこのヨーグルトでも飲んどけ。胸が大きくなるから』ってある人に言われた」
「……」
「とても失礼」
だ、だよな。すみません。って俺は言ってないけど。
「
「えっと」
記憶を探るように中空を
「忘れた」
「忘れた?」
「思い出せない」
「大丈夫かおまえ」
さすがに不安になってくる。動作どころか記憶まで不確実なのか。まじまじ見つめていると彼女は「ヨーグルト飲んだの、今日初めてだったかも」とまで言い出した。好物なのに? いくらなんでもおかしすぎる。
「分かった。もういい」
あまり混乱させても仕方ない。自分と行動していたためより不安定になったとか
ジュースの残りをあおり立ち上がる。
「これ捨ててくるからおまえはゆっくりしてろよ。日没までは付き合うからさ」
「うん」
砂浜に背を向け駐車場へ続く階段を上っていく。えーっと、ゴミ箱はと視線を走らせた時だった。
背後でどさりと何かの倒れる音がした。
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