*Ⅲ* 11/11


 肩越しに振り返る。


 グリペンが倒れていた。


 ……!?


 ジュースの缶を持ったままうつぶせに伏せている。流れ出した液体が砂浜に黒いみを作っていた。周囲に長い髪が広がっている。


「心配ない、眠っているだけだ」


 駆け寄ろうとしたしゆんかん、野太い声をかけられた。


 階段の上に太りじしの男が立っている。白衣のポケットに手を突っこみ高圧的な面持ちでこちらを見下ろしていた。


しろどおり……」


「『さん』をつけろよ王子様、一応年長者だぜ」


 さして気にした風もなく言い、八代通はあごをしゃくった。背後のミニバンから私服の男女が降りてくる。慣れた様子でグリペンに駆け寄りき上げた。


「おい、あんたら」


 わけが分からず制止すると八代通が片手を上げた。


「ここから先は技術屋の領分だ。もちは餅屋に任せてもらおう。代わりにおれが話し相手になってやる。色々気になっていることがあるんだろう?」


「……」


 息を詰めてにらみつける。八代通はおくした風もなくぼうていに腰かけた。その橫をグリペンが運ばれていく。ミニバンの扉が開き少女をみこんだ。


「座れよ」


 口角をゆがめつつ八代通が言った。OK、いいだろう。では思う存分気になっていることをたずねてやる。


「昨日からの件、どういうつもりですか」


「どうというと」


「ロクな説明もなく俺達二人をほっぽりだして。あいつをきちんと飛べるようにする、そういう話だったでしょう? だからこそ俺も協力するって言ったのに」


「そうだな」


「ならなんで」


 語気を強めると八代通は片手でさえぎった。ふところから煙草たばこを取り出し火をつける。うまそうに吸いこみ煙草の箱を持ち上げた。


「吸うか?」


「未成年ですから」


「来年にはザイが世界を滅ぼしているかもしれないんだぜ? そんな状況で法律や健康とか気にしても仕方ないだろう」


「……」


「まぁいい」


 がねいろの空にえんが吐き出される。眼鏡めがねの奥の目がわずかに細められた。


「三時間だ」


「は?」


「グリペンの平均かくせい時間だよ。まぁ日によって四時間だったり五時間だったりもするがな、おおむねその間隔であいつは意識を失う。飛行中だろうがアラート待機中だろうがお構いなしにな。不安定というのはつまりそういうことだ」


 使い物にならないだろう?


 ぎやく的な笑みを向けられる。


 沈黙するけいしろどおりは「ところが」と肩をすぼめた。


「今日のあいつはどうだ。なんと十時間以上連続でどうしていた。おどろきだよ、特段薬を増やしたわけでもない、制御信号を組み替えたわけでもない。ただ君と一緒にいただけで覚醒を継続できた。まさに奇跡だ。科学では計り知れない何かが働いているとしか思えない」


「……おれは、別に何も」


「そう何もしていない。駅前商店街や海岸などあおくさいデートコースを回っただけだ。学生らしいつつましやかな遊び方だな」


 見ていたのか、まぁだからこそちようよいタイミングで現れたのだろうが。がめとは趣味の悪い。


「で? 理由は分かったんですか。どうせあいつの状態も遠くで監視してたんでしょう」


 挑発的な口調に、だが八代通は首を振った。


「いいや分からん。さっぱり分からん」


「……」


「まぁ仮説はいくらでも立てられるがな。たとえば君の声に特殊なパルスが含まれていて、あいつを安定させている。または君の顔に特殊な色彩パターンがあって覚醒をうながしている。あるいは君のたいしゆうえいきようしているとか」


「本気で言ってるんですか」


 さすがにあきれ果ててつぶやく。八代通は鼻を鳴らした。


「さぁね。だが検証の余地はあると思っている。君の顔写真をコクピットに置いたりボイスレコーダーで君の声を流したり、そのくらいなら大した手間じゃないからな」


「……ぞっとしない光景ですね」


 操縦席にひびく自分の声、香る体臭、かべ一面にりつけられた写真。


 正直気持ち悪い。


 八代通は煙草たばこをもみ消した。わずかに顔を引きしめる。


「どちらにせよあまり時間がない。手段を選んでられる余裕もないんだ。今日テストフライトの日程が確定した」


「テストフライト?」


「あいつの運用打ち切りを判断する試験飛行さ。丁度一週間後、六月二十一日の水曜日に実施される。そこでうまく飛べなければ今度こそやつはおしまいだ。スクラップになってはいされる」


「そんなに早く!?」


 予想外のスピードだった。対ザイ戦用の秘密兵器がかくもあっさり廃棄されてしまうとは。ありえない、人類はそれほど余裕のある戦闘をしているわけでもないだろうに。


「精一杯ねばったんだがね。まぁ君が想像しているよりアニマには金がかかるってことさ。予算審議の場で『空母一せき持った方がマシだ』と言われるくらいにな」


「……」


「実際効率悪いことは確かだ。ほかのアニマは大したトラブルもなく飛行時間を増やしてるしな。見こみのない機体はとっととつぶして次の適合機種を探そうってのは理にかなってる。単純に費用対効果だけ考えるならあいつは見捨てるべきだ。おれも技術屋の立場を離れればそう思う」


「でも!」


 たまりかねて声を上げる。


 こぶしを握りしめ、視線を落として。


 でも。


「あいつがいなかったら……俺達は死んでました」


 掛け値なしの真実。あのえたぎった海で日本から飛んできてくれたのはただ一人、彼女だけだった。その間他のアニマは何をしていた? 外国からの避難船など二の次だと思っていたのか? だったら自分達にとって必要なアニマはグリペンだけだ。次の機種など考えられない。


「ふん」


 しろどおりあく的にくちびるゆがめた。こちらの心境の変化を見て取ったのだろう。勝ち誇った顔つきになっている。


「ならせいぜい恩に着てもらうとしよう。奴を延命させたいって思いは共通しているんだ。説明不足だの振り回されただのゴタゴタ言わず大人おとなしく協力したまえ。どうせ残された時間はそう多くない」


「……もう少し言い方ってものがあると思いますが」


「なら言い換えようか、しきのろいから姫を救いたまえ王子よ。なんじが愛の力にて彼女は目覚めん」


 あまりにも空々しい言葉だった。


 肩の力が抜ける。はぁっと一呼吸、降参して首をすくめた。


「分かった。分かりましたよ。従います。乗りかかった船ですし。ちなみに前から疑問だったんですけどなんで王子様なんです? 全然柄じゃないんですけど」


 八代通は「決まってるだろう」とにやけた。


「王子様のキスで姫は目覚める。古今東西おとぎばなしの定番じゃないか。それがたとえ王女様より迫られたキスであってもな」


 どうやら自分達は最初からがめの対象になっていたらしい。二度とグリペンにおかしなはするものか。心の底からそう誓った。

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