*Ⅴ* 8/9


「う、うそでしょう!? こんな……無茶苦茶な!」


「別に無茶じゃないよ、設計通りの自然な運用さ」


 のほほんと答えるのはひげづらの整備士、ふなだ。シミュレータ以来の出会いとなる彼はこんな状況でも淡々と仕事を続けていた。


 トレーラーからデルタよくの戦闘機が降りてくる。前傾姿勢となった姿はの名に恥じないどうもうなものだ。陽光に照らされ曲線的なレドームが輝いている。すでにエンジンはかかっているのか甲高い回転音を周囲にとどろかせていた。


(本当に大丈夫なのか)


 冷や汗をぬぐい機体を見上げる。いや、グリペン自体に異状はない。整備はきちんとされているようだしチェックリストも無事こなしていた。問題は周囲の景色だ。ガードレールにはさまれた中央分離帯、りようわきの防風林、そして飛行機のものではありえない道路標識。


 高速道路だった。基地北側、北陸自動車道の上を戦闘機がタキシングしている。


「スウェーデンってのはもともと非同盟中立の国でな、他国から先制攻撃された時に備えて戦闘機を分散配置してたんだ。つまり空港に集中させることなく、あちこちのシェルターに隠していた。そこから飛び立つとなれば当然整備された滑走路なんて使えないだろう? だから高速道路や一般道路で離陸できるようにした」


「い、一般道?」


「軽いからな。別に強化された道じゃなくても飛び立てる。おまえさんもシミュレータで感じただろう? 離着陸が異常にスムーズだって」


 確かに離陸性能がやたらとよかった。自分のような素人しろうとでも失敗しなかったくらいだ。とはいえシミュレータと実戦は違う。戦闘機のような重量物が本当に自動車道路から飛び立てるのか不安だったが。


けい、準備して」


 コクピットからグリペンが呼びかけてくる。長い髪が輝きを増していた。ドーターとのリンクがえいきようしているのか、そうくうにペールピンクの光が映えていた。


「今行く」


 飛行服の上からフライトベスト、耐G服を身につける。ふなが着替えを手伝いながら説明してくれた。


「耐G服は機体が急な機動を行った時、下半身を締めつけてくる。血液の流れを押し戻して脳に行き渡らせる仕組みだ。ただせいぜい2G程度の軽減効果しかないから過信は禁物だ。最終的にはおまえさんの体力と精神力が頼みになる」


「はい」


「ドーターのコクピットはタンデム型に換装してある。もともと複座のD型が原型機だから狭くはないはずだ。アニマの座席は神経融合インタフェースNFIのまま、後部座席は通常の操縦系統に戻した。シミュレータでおまえさんが使っていたやつだな。いざという時にはそっちでコントロールもできる。ま、そんなことが起こらないよう祈っちゃいるが」


「すみません、何から何まで」


「いいさ、おれもこいつには愛着がいてたんだ。無事戻ってきてまた整備させてくれ。頼んだぞ」


「はい!」


 ヘルメットを受け取る。しゆんかん別のスタッフが「おい!」と空を指さした。


「連中こっちに気づいたぞ! 待避、待避!」


 高高度から光が二つ接近してくる。さきほど基地を攻撃した敵機か。もうスピードで高度を下げてきていた。トレーラーがひびきを上げ後退し始める。作業員が機材を取り上げ走っていった。


 ヘルメットをたずさえ機体に駆け寄る。ラダーを上りコクピットへすべりこんだ。グリペンが肩越しに振り向いてくる。


「行ける?」


「ああ、待たせたな」


 肩・腰・足のベルトをはめ深呼吸、酸素マスクをつけバイザーを下ろした。


「ユー・ハブ・コントロール」


「アイ・ハブ・コントロール」


 キャノピーが閉まる。一瞬視界がやみに閉ざされたがすぐに周囲の風景が映し出された。装甲板の内側が全周囲モニタになっているのか。左右に松並木が見える。進路クリア、前方に障害物なし。


 アラート音が鳴り響いた。


 航跡雲が近づいてくる。ザイだ。すでつばさの形が分かるほど距離を詰められていた。機首がに輝いて、砲撃、来る!


「BARBIE01、クリアード・フォー・テイクオフ!」


 エンジン音が高鳴った。きようれつなGが身体からだを座席に押しつける。間一髪、後背の道路を弾丸がえぐった。爆風に押されるようにして加速、機首が持ち上がった。


 モニタの景色が空の青に埋め尽くされる。切りかれた大気がキャノピーをすべっていった。高度一万フィートを超えたところでループ、眼下に敵影をとらえる。


 緑色のマーカーが電子音とともにターゲットを追った。表示が赤く変わりロックオン、ミサイル発射──と思った時だった。


 がくっと機体が落ちた。安定が崩れ左右にロールする。あたかも巨人の手ではたかれているかのようだった。突き上げるしようげきに身体が揺さぶられる。


「な、何やってるんだよ、おい!」


 まさかまた意識障害か、おれがこんな近くにいるのに、それでもだめなのか!?


 だがグリペンの頭は動いていた。左右を確認し必死で機体を立て直そうとしている。


「ノイズ」


「え?」


「変な雑音がリンクに混ざってる。うまくドーターとつながれない、感覚がぼやけたまま」


「な、なんだよそれ」


 混乱しかけた思考が、だが一つの可能性を導き出す。いつものフライトと違う異物の存在、自分、後部座席。


 ……っ!


 ち、ちゃんと整備したんじゃないのかよ! とつかん工事で不具合残したままとか!?


「どうにかなるのか」


 必死の質問にグリペンは「今やってる」と歯ぎしりした。


「シールドが甘いから妙なかんしようが乗ってくる。本当は機械的にしやだんするのが一番だけど今の状態じゃ無理。だからソフトウェアで逆移送波をぶつけてそうさいする。ノイズのパターンを解析して反転すればすぐ対応できるはず……だけど」


「だけど?」


 息づかいが乱れる。


「空戦しながらは厳しい。ただでさえちゃんとドーターをコントロールできてないのに、ほかのことまでやってたら間違いなくとされる」


 けいを死なせてしまう。


 絞り出した声はうなりのようだった。彼女は両肩に緊張をみなぎらせ操作を続けていた。一体どれほどのやりとりを機体と交わしているのか。信号が火花と化し彼女の中ではじけているようだった。


「アイハブコントロール!」


 操縦かんをつかみ叫ぶ。左手をスロットルレバーに、指先でポインティングスティックをおさえる。


けい!?」


「おまえは作業に集中しろ。そっちが片づくまではおれが操縦する」


 正面ディスプレイの表示を確認する。エンジン回転数、機体の角度、高度。レーダー探索範囲外に敵シンボル、方位3─4─0。


「む、無理。そんなこと、いきなり」


 動揺が空気を越えて伝わってくる。感情がれ出しているのか、ペールピンクの髪が不規則に明滅していた。


「慧、シミュレータしかいじったことないのに、突然実機とか。しかも戦闘中に……ぼう、無茶」


ほかに手はないだろう! いいからコントロールこせ、来るぞ!」


 眼下からガラス細工のつばさが上がってくる。ミサイルアラート、反射的に操縦桿を倒すと機体が右ロールした。コントロール……来てる。機首を引き起こし旋回にかかった。


(ぐっ!)


 すさまじい負荷が身体からだにかかる。思った以上に反応がよい。あわてて操縦桿を戻しスロットルを絞った。


 しゆんかん、敵影が視界を駆け抜ける。上空でひねりこむように宙返り、逆落としにこちらをねらってきた。


「んなっ、無茶苦茶な!」


 有人機ではありえない機動。必死で速度を上げ逃走にかかる。だめだ、まともに戦ったら打ちできない。シミュレータの時と同じ、ドッグファイトの挙げ句に食い殺される。


 レーダー上の敵機は徐々に距離を詰めてきていた。そう、あいつらには速度でも負けている。このまま飛び続けていればいずれ追いつかれるだろう。ではどうする? アフターバーナーで引き離す? 空戦用の燃料を大量消費して? だめだ、このあとグリペンの戦闘が控えてるんだ。彼女の行動を制約するはできない。


 何ができる、今自分にやれることはなんだ。


 呼吸がうるさい。恐怖が身体を揺らしている。プレッシャーがやいばのように背後から迫ってきた。どうする、どうする、どうしたらいい。


 レーダーアラート。


 追いつかれた!


 旋回? ダイブ? チャフ展開? めまぐるしく浮かぶせんたくは、だがどれもシミュレータで失敗したものだ。たとえ今の危機をしのげても次の機動でやられる。逃げ場を失う。考えろ。何か、何か手は……。


 せつ、脳内で光がはじけた。

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