*Ⅲ* 8/11


 結局、家から出てまつの町に繰り出した。


 在宅しているといつ祖父母が帰ってくるか分からなかったし近所の目も気になった。何せとしごろの少女を連れこんでいるのだ。いつまでも出てこないとどんなうわさを立てられるか分かったものではなかった。


(てか結局明華ミンホアの忠告通りになってるし)


 舌打ちを一回、祖父の部屋から鳥打ち帽を持ち出しグリペンにかぶせる。オーバーサイズのためアップにした髪が収まり目立たなくなった。自転車の荷台に乗せて走り出す。天気は快晴、南南東の風、日差しはやや強め。OK、レディ・フォー・デパーチュアー。


 ペダルをこぎ出して分かったが少女はびっくりするくらい軽かった。一体どんな素材でできているのか。日用品の買い物を積んでいる時より軽快に飛ばせる。まるで胴体に中身が入っていないようだ。


 吹きよせる風の音に抗してグリペンが問いかけてくる。


「どこに行くの?」


「そうだな……とりあえずあそこかな」


 きようまち交差点を抜け国道360号を西に向かっていく。三百メートルほど走ると右手に濃い緑が見えてきた。うっそうと茂るちんじゆの森、神社だ。ゆいしよはよく分からないが祖父母が「おすわさん」と呼んでいた。


 入り口で自転車をけいだいに入った。グリペンに向き直りうなずく。


「お参りしよう」


「お参り?」


「神様にお願いするんだ。今自分が困っていることをなんとかしてくださいって」


 大きな目が丸くなる。予想外の提案におどろいている様子だった。


「なんとかしてくれるの?」


「してくれるかもしれない」


 別段信心深いわけではないが、超自然的な内容を全否定するほどすれてもいない。どのみち行く当てのない散策だ。神頼み上等、少しくらい手を合わせていってもいいだろう。


 いしだたみの参道を進み本殿にたどりつく。灰色のとりが濃い影を地面に落としていた。しめ縄のふうにそよいでいる。れ日が石段に光のまだら模様を作っていた。


 さいせんばこの前で財布を取り出す。百円玉をつまみグリペンに渡した。


「ほら、これ」


「?」


「入れるんだよ、知らないのか?」


 世界中のテキストを読みあさった割には基本的なところが抜けている。右手を重ね一緒に投げ入れてやった。


「鈴を鳴らして」


 清涼な金属音。


「パンパンって手を打ってお祈りするんだ。うまく飛べますようにって」


「うまく飛べますように」


「口に出さなくていいから」


 自分でもさいせんを投げ入れ拝礼する。しばらくして目を開けるとグリペンがこちらを見ていた。


「きちんとお祈りできたか?」


「うん」


 素直にうなずいてくる。彼女は小首を傾けた。


けいは何をお願いしたの?」


おれか? 決まってるだろ。ザイが早くいなくなりますようにってな」


 人類すべてが持っているであろう願いに、だがグリペンは目をまたたかせた。


「慧は……ザイが嫌い?」


「当たり前だろう。おまえだってやつらと戦うために作られたんじゃないか」


「そう……だけど」


 微妙な反応だった。彼女にとってザイのちくは任務であり願望じゃないということか。普通に話しているとついそのあたりの感覚が分からなくなる。


「俺はさ、あいつらのせいでたくさんのものをなくしたんだ」


 声音からよくようを消す。


「当たり前の日常、空への夢、家族との時間。俺だけじゃない、一緒に逃げてきた知り合いも両親と離ればなれになっている。全部あいつらのせいだ。あいつらさえいなければみんな普通に暮らしていられた。だから」


 俺はあいつらを許さない。


「……」


 グリペンはされたようにこぶしを握った。ややあってこくりとうなずく。


「うん」


 か細い声。彼女は拝殿に向き直るとがつしようした。めいもくし細いあごを引く。


「ザイが……早くいなくなりますように」

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