*Ⅲ* 7/11


 欠けている。


「何が?」


「分からない。でもそう感じる」


「感じ……ね」


 部品か、プログラムか、はたまた動力が不足しているのか。そもそも彼女が生物か機械かさえ分からない以上、具体的なアドバイスはできそうになかった。


「深刻だな」


 徒労感がき上がってくる。自衛隊の研究機関が総掛かりで解決できないものが、なぜ一高校生ぜいに解消できると思われているのか。まったくもって理解できない。


けいはなんで飛べるの」


「なんでって」


 整備済みの機体をマニュアル通りに動かせば、それは飛べるだろう。だがグリペンのまなしは真剣だった。ずっと手を前につき迫ってくる。


「どうすればうまくできる?」


 大きな灰色のひとみ、ほのかに色づいたほお。ワンピースの胸元から白いはだがのぞいている。ふわりとハーブの香りがただよってきた。しろどおりの伝言が思い出される。『好きにしていい』……いやいやいや、だめだろ。


「えーっと、そうだな」


 肩を押し戻し記憶を探る。ぼんのうから気をらすように今何が言えるかを考えた。


「昔、母親に言われたことがあったな。飛行機なんてもともと浮いて飛ぶように作られてるんだから、難しいことは考えず好きに操縦すればいいって。素人しろうとが悩むとロクなことにならないとか」


「悩まない?」


「ま、いざとなったら自分がサポートするつもりだったんだろうけど。確かに慣れてないやつが色々考え始めると身動き取れなくなるからな。まずは飛んでみろ、好きにフライトを楽しめって意味だったのかもしれない」


 何せ感覚でしやべる人だから真意を推し量るのは難しい。あるいは裏の意味など何もなくその場のノリではつをかけていただけかもしれなかった。だが今のグリペンにはこれくらいポジティブな言葉が相応ふさわしく思える。


 グリペンはうつむき考えこんだ。義務感で飛んでいた彼女からすれば、ある意味異質すぎる価値観だったのだろう。視線を床に落とし沈黙している。どのくらい時間が経過しただろう、とうとつに顔を上げる。


「じゃあお母さんと一緒に飛んだらうまくいくかも」


「え?」


 予想外の結論が返ってきた。


けいの時と同じ。橫に乗って助けてもらえるならもっと安心して飛べる。どう? お願いできる?」


「お願いって」


「お母さんに、一緒に乗ってって」


 いや、いや、セスナと戦闘機じゃ求められる技術が全然違うし。そもそも人の家族を戦場に連れて行く気か? ドーターって二人乗りサイドバイサイドなのか? なんて指摘もさておき。


「……だめだ」


「どうして?」と不思議そうに首をかしげられた。今の話の流れでなぜ断られるか理解できない様子だった。


 ためいき混じりに答える。


「うちの母親はもういない。乗っていた飛行機がザイにとされた」


「え」


 空気が凍りつく。がくぜんとする彼女にあわてて手を振ってみせた。


「あ、いや、別におまえが気にする話じゃないぞ。もうずいぶん前の話だから、おれもある程度割り切ってるし」


「そうなの?」


「ああ」


 無論事実は異なる。母親のことを思い出すたび、胸の奥に鋭痛が走る。忘れようとしても忘れられない。二年前のカラマイ空港の悪夢、はじけ飛ぶアクロバット機のキャノピー。


 あの日からすべてが変わってしまった。慣れ親しんだ風景が暗転し地上の地獄が現れた。


 割り切ってる? 鹿な、あんなじん割り切れるはずがない。


 だが自分の暗部を彼女にさらしても仕方ない。写真立てを取り上げそっと裏返した。努めて明るい表情で彼女に向き直る。


「まぁ全然気にしてないって言ったらうそになるけどな。だからおまえには期待してるんだぜ。早く不調を直してさ、ザイの連中をらしてくれよ、また俺達が大陸で飛べるように、母親のかたきを討てるようにさ」


「……頑張る」


 しかつめ顔でうなずいて、グリペンはこちらを見上げた。


「で、どうやって頑張ればいい?」

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