*Ⅴ* 6/9


 ほんのモニタルームは騒然としていた。ひっきりなしに確認と指示出しの声が飛び交っている。背後にひびく電子音、基地内連絡波。押し寄せる音のほんりゆうにくらくらしてくる。


 だがそんな中でも白衣の醜男はたいぜんと構えていた。さきほど到着したばかりだろうに、あたかも部屋のあるじであるかのごとくセンターに納まっていた。


「おう、来たか」


 肩越しに振り返る。グリペンからこちらに視線を移しいつしゆんだけまゆを動かす。


「なんだ君もいたのか」


「なんだって……それだけですか」


「大方グリペンを連れ出そうと不法侵入したんだろ。別におどろくようなことじゃない」


「……」


「それよりこいつを見ろ。ずいぶんと楽しいことになってるぞ」


 犯罪行為をこともなく流し、かべの広域マップを指さした。大陸から多数の光点が近づいてくる。表示はボギー、つまり敵か。すでに海路の半ばを踏破し日本に迫っていた。進行方向正面には白いシンボルが展開している。


「敵編隊、かいの防衛ラインに接触します」


 オペレータがコンソールを操作する。手元の画面を確認しつつ報告。


「護衛隊群、対空ミサイルを発射しました。命中まであと十秒。六、五、四……」


 白いシンボルから無数のドットが分離して光点に向かう。包みこむような攻撃に逃れるすべはないと思われたが。


「だめ、外れる」


 グリペンがうめく。直後、悲鳴のような声が上がった。


「敵編隊、損害は一機のみ! 残りは健在、抜かれます!」


 みみざわりな電子音とともにかんていシンボルのいくつかが消滅する。DD─114、DDG─175、DD─103のラベルに×印が重ねられていた。


 しろどおりほおゆがむ。


「日本海側の護衛隊群主力をもってこの有様か。泣けてくるな。弓矢で戦車に挑んでいる気分だ」


『BARBIE02、クリアード・フォー・テイクオフ!』


 場違いに陽気な少女の声がひびいた。イーグルだ。いつの間に基地へ帰還していたのか、滑走路をやまぶきいろの戦闘機がしつそう、離陸していく。続いて通常のグレー迷彩F─15が二機、三機と空に吸いこまれていった。


『ちゃちゃっと片づけてくるからね、安心して待ってて!』


「……と言ってますけど」


 八代通はぶつちようづらでうなずいた。


「そうなってくれればいいがな。さすがに相手の数が多すぎる。通常戦力にアニマが一機加わったところでどうこうなる状況じゃない」


 そうぼうから感情を消し向き直ってくる。頭一つ小さいグリペンを静かに見下ろした。


「とはいえ今は少しでも頭数が欲しい時だ。欠陥品だろうがなんだろうが飛べるものはすべて飛ばしたい。幸いおまえはアニマだ。練習機やしようかい機を出すよりは健闘できるだろう。運がよければこないだのテスト結果を帳消しにできるかもしれない」


「帳……消し」


 グリペンがまばたきする。八代通はうなずいた。


「だが今のおまえはなんの調整も受けていない。過去のデータ上、これからインターセプトに上がって帰ってこられる可能性はゼロだ。飛んだが最後、間違いなく意識障害におそわれる。そして今回はオートパイロットが許される環境でもない」


ついらく……死ぬってこと?」


「そうだ」


 冷厳極まりない結論に血が上る。ちょっと待て。飛べば死亡、飛ばなければはい。そんな二者たくいつのために彼女を呼び戻したのか? 「おまえが必要」なんて言葉を口にしたのか。


「それがしろどおりさんの結論ですか」


 押し殺した声でたずねる。気づけば一歩前に進み出ていた。


ずいぶんあきらめがいいじゃないですか。八代通さん、前に言ってましたよね? 『おれは分からないことがあるのが嫌いだ』『失敗の原因も探らず次のせんたくを試すのはさるのやることだ』って。なのに状況が変わったら即特攻しろ、死んでこいですか。情けなさすぎるでしょう。技術者としてのプライドはどこにいったんですか」


「あるさ、もちろんあるとも」


 巨体がこちらに向く。挑発的な言辞にも男の顔は揺るがなかった。眼鏡めがねの奥のひとみがまっすぐに見つめてくる。


「だからもう一つ選択肢を準備してやる。逃げろ、二人で。このまま安全なところに脱出し身をひそめてろ」


 ……は?


 いつしゆん何を言われているか分からなかった。ぼうぜんとするこちらに構わず八代通は言葉を続けた。


「戦争は今日で終わりじゃない。日本海沿岸が壊滅しても俺達は戦い続けなきゃならないんだ。だからグリペンは温存する。徹底的に問題を洗い直して次の機会に備える。それまでの時間かせぎだ。どうせ君も同じ考えだったのだろう?」


「そ、そうですけど」


 まさか自衛隊の人に脱走を勧められるとは思わなかった。予想外すぎて思考がついていかない。逃げていい? いや、確かにグリペンの延命だけ考えるならほかに手はないが。


「この町はどうなるの?」


 グリペンが訊ねる。八代通は「やられるだろうな」と答えた。


「ザイの行動パターンを見ているとまず軍事拠点・工業施設がねらわれている。まつ基地は日本海防空のかなめだ。真っ先に襲われると考えて間違いない」


「人が死ぬ?」


「死ぬさ、山ほどな」


 突き放すような言葉、だが八代通自身それでもいいと思っているのだろう。戦争は続く。目の前の数十万を見捨てることで後の一億を救えるなら問題ない、むしろ最善策だと。だからこそ常識外の提案を切り出した。……提案? いや立場上明言できないだけで半ば指示のようなものか。基地を見捨てろ。生き延びろ。


「早く決めろ、時間がない」


 しろどおりが時計をいちべつする。モニタを見上げ、いらたしげにまゆをひそめた時だった。


「方位040に新たな敵編隊! 超低空で基地に接近中。迎撃、間に合いません!」


 せつすさまじい地鳴りが身体からだおそった。




『BARBIE02、迎撃目標変更。新たな敵編隊はまつ基地をしゆうげき中。ただちに撃退せよ。繰り返す。新たな敵編隊は──』


「そんなの……一度に言われたって!」


 イーグルは奥歯を食いしばった。天と地が秒単位で入れ替わる。追いすがるミサイルをかわしながら正面のザイに機関砲弾を撃ちこんだ。こうから炎があふれ機体を切りく。一機げきつい。だがすぐに次のターゲットが進路をよぎる。


 多すぎる。


 どれだけドーターが優秀でも戦闘機である以上、積める武装には限りがあった。今回は空対空ミサイル八本。すでにその半分を消費している。すべて撃ち尽くせばあとは機関砲によるドッグファイトしかない。それで二十機以上のザイを食い止める? 新たな敵編隊を撃退する?


 無理──


 浮かびかけた結論をあわてて打ち消す。無理? 無理と思ったのかこのイーグルが。最強の制空戦闘機、大空のしやとして生み出された自分が。


(ふ、ざ、ける、な!)


 感覚を開放、機外の状況をスキャン・分析する。優先ターゲット変更、敵の予測機動を演算、包囲突破のマニューバを導き出す。ミサイル発射、続けてチャフ/フレア展開。


 命中。進路に激しい爆炎が生じる。その煙を切り裂くようにしてイーグルは上昇した。機体を裏返し状況確認。眼下の戦況を視界に収める。


 航跡雲と黒煙が複雑ながく紋様を作っていた。陽光に機体がきらめいている。飛び交うつばさはほとんどがザイのものだった。味方の姿はおどろくまでに少ない。見ているうちにまた一機、F─15がとされていった。


 こんな……はずじゃ。


 うめき声がれた。


「イーグルがみんなを守るって約束したのに!」


 エンジン出力を上げパワーダイブ、りように群がる敵をステアリングサークルにとらえる。だが無理な姿勢から照準したためうまくロックオンできない。マーカーが視界をめまぐるしく動き回る。右、左、今度は上。必死で目標を追いかけるうちに激しいレーダーアラートが鳴りひびいた。


(しまっ……!)


 攻撃に注力する余り警戒がおろそかになっていた。背後からせんが伸びる。しようげき、機体が揺さぶられそうくうに破片が飛び散った。


 橫ロールして射線から脱出、きっと後方をにらみつける。さきほど振り切ったザイ機がもう追いすがってきていた。正面からは、味方機をちくし終えたのであろう敵機が急反転し向かってきている。


『BARBIE02はまつ基地の援護に回れ。繰り返す』


 ようげき管制がに指示を出し続けている。守るべき存在はあまりに遠かった。

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