*Ⅰ* 2/5
小松の町は空が広い。
年代物の木造建築に大気の青がよく映えている。初夏の風を真っ向から受けつつ慧は自転車を走らせた。国道360号を郊外方面に、水路
上空を
(こっちはまだ民間機が飛んでるんだ)
新鮮な
中国本土の空はとうに死地と化していた。非武装の民間機はおろか軍の戦闘機でさえうかつに飛べば
ましてや個人の飛行クラブなど問題外か。
初めて飛行機を操縦したのは七歳の時だ。当時の自分は慣れない異国暮らしに苦しみノイローゼ寸前になっていた。子供の世界は
父親の
『帰りたい』
そう母親に訴えた。
『こんな国嫌いだ、日本に戻る』
洗濯中の母親は振り返ると『うーん』と頭を
『帰ってどうするのさ、日本にはパパもママもいないよ。パパは仕事辞められないし』
『ママとだけ一緒に帰る』
『そりゃだめだよ。ママ、パパも
じゃあどうしろというのか、今のまま自分一人が苦しめばいいのか。ママは子供のことが大切ではないのか。感情的にわめき続けると母親はこちらに向き直った。しゃがみこんで目線を合わせる。
『分かった』
あっけらかんとした口調。
『とりあえず一緒に飛ぼうか』
まったく脈絡のない論理展開。元
初めての小型飛行機はひどく恐ろしい
『ユー・ハブ・コントロール!』
卒倒するかと思った。母親は両手を浮かせにやついている。仕方なく操縦桿に飛びついた。とはいえ右にも左にも動かせない。必死でしがみつき
『そう簡単に
『無理!』
『いけるいける、大丈夫だって』
右手を重ねられぐっと引っ張られる。鈍いGが
雲を抜けたのだ。そう気づくまでにわずかな時間を要した。
機体は
『次、左』
母親の
(うわっ……)
経験したことのない
スロットル調整、右ヨー、左ヨー。わずかに降下、もう一度機首上げ。バンク。
多分母親が適度にサポートしてくれたからだろう。風の
『シルクロードの空に天国があるんだってさ』
しばらくして何の前触れもなく母親が言った。コントロールを取り戻しリラックスした姿勢となっている。
『天国?』
『そう聞いただけで実際どういうものかは分からないんだけどねー、一度見てみたいなぁ、中国の奥地までビューンと飛んでって』
『この飛行機じゃ無理?』
『燃料もたないし』
無念そうに肩をすくめて母親は視線を向けてきた。
『
そのあとなんと答えたか、実はよく覚えていない。
ただ翌日以降『日本に帰りたい』とは言わなくなった気がする。代わりに簡単な飛行機の本を買ってもらった。タイトルは「ひこうきのしくみ」だったか、
だが未来は
(この空も)
もう一度空を見上げる。降り注ぐ陽光に片目をすがめた。
いつかは戦場になるのだろうか。海を越えて
ありえない話ではなかった。事実
──だけど。
あんな飛行機がたくさんあるなら人類はまた戦えるかもしれない。中国の大地を取り戻せるかもしれない。そうすればシルクロードの空だって自由に飛べるはずだ。
正直、中国脱出の時まで自分は
だが違う。奴らは超常の存在ではない。弾が当たれば砕け散り翼を失えば墜落する、人類の飛行機と同じ物理法則の産物だ。我々が進歩を続けていけばいつか必ず圧倒できる、地上から根絶できる。そのことがはっきりと理解された。あの赤い飛行機のおかげで。
果たしていつ反撃の
(そうだ)
何も他人任せにする必要なんてない。武器さえあれば自分も戦える。ザイに
夢物語?
いいや十分に実現性のある話だ。ここは日本で自分は日本人、そしてあの戦闘機は日本の軍隊の装備だ。意志と能力さえあればきっとチャンスは与えられるはずだった。
(調べてみるか)
後ろ足で地面を
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