*Ⅰ* 3/5
「自衛隊の……航空学生?」
午後一時、昼食を終え片づけも一段落ついた
本屋の紙袋からテキストを取り出す。ガサガサと乾いた音が茶の間に
「ああ、すごいんだぜ。
「えー、あー、ストップ
「何? 学費がタダだからなんだっていうの。日本の軍隊は気前がいいねって相づち打てばいいわけ?」
「違うだろう」
分かってるくせに、と口元を
「この制度を使えば
「
言下に切り捨てられた。かぶりを振り腰を浮かせる。
「馬鹿ってなんだよ」
「馬鹿は馬鹿」
冷えた視線で見下ろされた。
「自衛隊の学校? それって兵隊になるってことでしょ。戦闘機に乗ってザイと戦うの? 死ぬ気?」
「死なねーよ」
「明華もあの赤い飛行機見たろ。圧倒的だったじゃないか、ばったばったと連中を倒して。多分自衛隊の秘密兵器だぜ。あんな機体が百機もあればすぐに戦争は終わるさ。俺達も大手を振って中国に戻れる」
「
痛いところを突いてくる。沈黙する慧に明華は鼻を鳴らしてみせた。
「まったく、馬鹿なことばかり考えて。慧に戦闘機のパイロットなんか務まるわけないでしょ。
「腕の力は関係ないだろ……」
「かけっこも幅
「……」
九年分の劣勢は
「
低いつぶやき声。
「この二年間、
「それは」
明華は胸を打たれたような表情になった。
「分かってるけど、だからって兵隊とかありえない」
「一番近道なんだよ。それに
逃亡中にはぐれた彼女の両親、自分にとっても
だが明華の心はわずかな間に
「とにかくだめなものはだめ。お
「お、おい明華」
「あたしまだ家事残ってるから」
断ち切るように言い歩み去っていく。取りつく島もなかった。ややあって低い掃除機の音が
くしゃりと手の中の紙袋が
*
ドラッグストアに続く交差点で自転車を
「明華の
低い声で毒づく。
未成年者が航空学生を受験する場合、保護者の同意が必要となる。父親不在の今、祖父母の協力を得られなければスタートラインに立つこともままならなかった。
あとの
夢の実現に至るハードルは予想以上に高かった。新たな可能性を探ってはくじけ、くじけては探っていくうち気づけば時間を空費している。
あの飛行機、本当にいたんだよな。
ふっと不安が
ひょっとして海外の飛行機だったのか。ふと思いついて携帯端末で検索してみる。わずかなラグを
イスラエルのクフィル。
フランスのダッソー・ラファール。
中国の
どれも似ているようで微妙に異なる。クフィルはやや
(アメリカやロシアの試験機とか)
条件を変え検索し直そうとした時、視線が一枚の画像をとらえた。
うん?
指でスクロールする。海外の軍事情報サイトか、編隊飛行中の戦闘機写真がアップされている。細身の胴体、長く突き出したエンジンノズル、カナードとデルタ翼を組み合わせた
!
見つけた。
かぶりつくようにして説明文を読みこむ。Saab JAS39 Gripen……グリペン? サーブってスウェーデン、ヨーロッパの会社か。一体なぜそんなところの戦闘機が。
一九九六年運用開始。分類的にはマルチロール機。生産国のスウェーデンを始め南アフリカやハンガリー、チェコなどで使用されているらしい。当然ながら自衛隊への供給実績はなし。一度
(やっぱり違うか)
探せば探すほど答えから遠ざかっていく感じだ。いっそ自分の
不意に信号の誘導音が途絶えた。あっ、と思った時にはもう遅い。歩行者信号が点滅している。いつの間にか青になっていたらしい。ペダルに足を載せる間もなく赤に変わる。
(マジか)
がっくりと肩を落とした。
ここの信号、結構待たされるんだよな。矢印の時間も長いし。
時ならぬ震動が地面を揺らした。
真っ黒な
何を運んでいるのだろう、ひどく厳重な
首を
幌の一部が風にはためいた。
暗がりの奥に赤い光が
!
(あの色合いは)
忘れるはずもない。
あいつだ。
あの戦闘機だ。
とっさに追いかけようとするもトレーラーはもう左折を終えていた。
白昼夢? 見間違い?
いや、あんなカラーリングの機体、
一体どこに向かっているのか。携帯端末のマップをスクロールする。確かあっちは空港のはずだが、まさか一般の旅客機と混ぜて駐機させることもあるまい。であれば空港以外のどこかが目的地なのか。
しばらく地図を
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