*Ⅳ* 9/9


「ここは東シナ海じゃないんだぞ。かんこく軍は何をやってた、なぜこんなところまで連中を近づけたんだ」


「ボギー、進路を南南東に変更。約十分で領空に到達します。アラート……間に合いません。このままだと本土に侵入されます!」


「いかん」


 血相を変えて八代通はオペレータに向き直った。


さわのファントムを呼び出せ。あのむすめなら駆けつけられるだろう。連絡、急げ!」


「だめです。アニマ・ドーターともにメンテナンス中。発進には最低でも一時間かかるとのことです」


「ふざけるな! じゃあ米軍に言って」


『私が行く』


 決然とした声がひびいた。カメラ画像の中でグリペンが顔をこわばらせている。


『目標は確認した。一機くらいなら対応できる』


「だめだ、その機体は訓練用の装備しか積んでいない。ほかのアニマに任せろ」


『それだと間に合わない』


 グリペンの速度が上がる。アフターバーナーをもうれつな勢いでザイとの距離を詰め始めた。斜め後方から追い抜き敵の進路をふさぐつもりか。会敵予想時刻は──三分後。


ちくしよう


 八代通がけんのんな視線を走らせた。


やつのバイタルはどうなってる。EGGは」


「今のところ正常です、……が」


 いつ不調になってもおかしくない。言わずもがなの補足に空気が重くなる。しろどおりは時計を確認した。


「起動から四十五分か、帰投にかかる時間を考えるとそろそろ戻らせたいが……くそっ、よりにもよってこんな時に」


「BARBIE01、ボギーと接触」


 機外カメラの映像に光点が生じる。左前方に陽光を照り返すガラス細工のつばさそうくうに航跡雲を引き直進していた。グリペンは左ロール45度、速度を高度に転換した後、急旋回で敵側面へと回りこんだ。


 砲撃のモーター音がひびく。赤い弾道を、だがザイ機は急降下することでかわした。慣性などまるきり無視した動きでループしグリペンに突進してくる。こうさく、二機の機動がせんじようからみ合い複雑な航跡を生み出した。


 激しすぎる動きに目がついていかない。機外カメラの映像は上下左右めまぐるしく回転している。だがそれだけの戦闘を繰り広げても決着はつかなかった。やはり実戦用の装備でないのがわざわいしているのか。そうこうしているうちに恐れていた事態が生じる。


「ダイレクトリンクに異常発生!」


 オペレータの報告は叫びにも似ていた。


「ノイズ増大、エラーカウンタ上昇。EGGパターンも乱れています。意識障害の兆候、危険です!」


「強制かくせい信号!」


 八代通の指示でオペレータがコンソールをたたく。しゆんかん、コクピット内のグリペンがねるように浮き上がった。低いうめき声。だがまたすぐ力なく座席に沈みこむ。


「オートパイロットを起動、BARBIE01のアニマコントロールを解除、戦闘空域から退避させろ!」


 カメラ映像がへいこうを取り戻す。自動操縦に切り替わったのか、とりあえず上海シヤンハイ脱出戦の時のようについらくすることはないらしい。だがそれとザイから逃げ切れるかは別問題だった。


 大きなえがきつつ敵機が旋回してくる。みみざわりな警報音が響いた。レーダーアラート、ミサイル攻撃の予兆。


 のどの奥から低い呻き声がれる。シミュレータの撃墜シーンが脳裏をよぎった。ちていく自機、たなびく黒煙、赤く染まる視界。自動操縦の機体は満足な回避行動も取れない。アラートの間隔が徐々にせばまり最悪の可能性を予期した時だった。




『あーあ、もう仕方ないなぁ。助けてやるか』




 場違いに明るい声が響いてきた。


 少女の声……だ。がグリペンのものではない。やや舌っ足らずで幼い感じ。それが無線から流れてきたことに遅まきながら気づく。軍用無線でひびく女の子の声? まともなパイロットの通信ではありえない。であれば、それは。


「上だ」


 だれかのつぶやきに誘われ機外映像を見る。


 天頂から何かが急降下してくる。二枚の垂直よくを持つ……飛行機だ。中天の陽光が機体をがねいろに輝かせている。陽光により? いや違う。機体自体が発光しているのだ。鮮やかなやまぶきいろきらめくサンライトイエローに。


 ザイ機の機動が乱れた。新たなきようの登場に気づいたのか、懸命にブレイクしようとする。だが。


『FOX2』


 戦闘機の翼下から煙がほとばしり出た。ミサイルは逆落としに落下すると急加速、ねらあやまたずザイの機体を撃ち抜いた。


 爆発が生じる。黒煙と炎が拡散し空を灰色に染めた。バラバラと海に落ちていくガラス片。その橫をサンライトイエローの戦闘機が軽やかにしようしていった。


 そうはつ、双垂直尾翼、広い主翼ともうきんめいたシルエットは見間違えようもない。さきほどのスクランブル機と同じF─15だ。だがるいてき型のキャノピーは装甲板でおおわれ異様なふんを放っていた。派手な機体色もおよそ真っ当な軍用機ではありえない。


 あれは……まさか。


「出番を見計らってたな、目立ちたがり屋め」


 しろどおりいまいましげにつぶやく。橫長の顔が苦虫をつぶしたようにゆがんでいた。




 三十分後、けいは滑走路わきのエプロンに出ていた。


 北東の空から機影が二つ近づいてくる。赤と黄色に輝く異彩の編隊。へんぺいなシルエットがみるみるうちに大きくなり着陸態勢に入った。


 最初にグリペンがタッチダウン、次いでイーグルがギアを下ろす。誘導路をタキシーバック後、ただちに救急車両がグリペンに取りついた。強制的にキャノピー開放、中の少女を引き出す。


 ペールピンクの髪の少女はぐったりとしていた。長いまつを伏せこんすいしている。き出しのはだは透けるように白く生気が感じ取れなかった。わずか三日会わなかっただけでひどくやつれて見える。


 だが周囲の注目は彼女に向けられていない。基地の隊員達は一様にもう一つの機影を見つめていた。サンライトイエローのもうきんがゆっくりと近づいてくる。しゆよく付け根のしようとつ防止灯が赤く明滅していた。大きい。グリペンに比べると一回りも二回りも巨大だ。甲高いエンジン音が二つ、連なるようにひびいていた。


 機体が止まる。排気音の停止を待ちキャノピーが開いた。


 たんがねいろの光が周囲にあふれる。


 金髪の少女が座席から立ち上がっていた。年のころは十五、六歳くらい。くりくりした大きな目と肉感的なくちびるが印象的だ。ウェービーなロングヘアがところどころピンピンとねている。服装はデニムのスカートにそでなしジャケット、黒いタンクトップが見る者に活動的な印象を与える。細い腰に手をあて彼女は周囲を見渡した。緑色のひとみに恐れや不安はない。離れていても強い自信が、エネルギーが伝わってきた。


 その視線がふっと一点に留まった。


「あ、お父様だ! やっほー!」


 八代通が舌打ちする。少女はコクピットから飛び降りると足早に駆け寄ってきた。


「はぐー」


 ちゆうちよなく白衣の醜男にきつく。目を白黒させる隊員達の前で幸せそうにそうごうを崩した。八代通はうなるような声を上げた。


「到着は明日と聞いていたが」


「お父様に会いたいから早く来ちゃった。大丈夫だよ、あっちはバイパーゼロに任せてあるから」


「だったらそう連絡しろ。おれにも予定というものがある」


 ぞんざいに彼女を引きはがし隊員達に向き直らせる。「あいさつしろ」と短く命じた。


 少女はやや不満そうにくちびるとがらせたが、すぐに表情を切り替えた。かかとを鳴り合わせ満面の笑みで敬礼する。


基地から配転されてきました、F─15J─ANMイーグルです。東シナ海では毎日のようにザイをとしてました。こっちでもガンガン活躍していきますからみなさんよろしくお願いしますね! イーグルも早く基地に慣れるようにします!」


 一寸のかげりもないはつらつとした口調。アニマ嫌いの隊員達もさすがに毒気を抜かれた様子となっている。そんな彼らに一礼しイーグルはしろどおりを見上げた。


「日本海の平和はイーグルが守るから!」


 金髪の少女はかんと笑い宣言する。


 熱い風が吹き抜けたように思った。

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