始 動 二〇一七年七月 1/2
「
乱暴に扉が押し開けられた。ポニーテールの少女が目を怒らせている。片手にスクールバッグ、もう一方の手に
(ああ女子高生だ、女子高生がいる)
「編入初日から遅刻とかありえないし。早く着替えて、昨日ちゃんと持ち物準備したよね?」
「あー……うん、多分」
「多分?」
「いや、準備できてる。問題ない、すぐ起きるよ」
部屋に押し入ってこようとする彼女を危ういところで押しとどめた。
「五分で行く。それならある程度余裕持って出かけられるだろう? 朝飯もちゃんと食べるから」
「そう言って二度寝したら許さないからね」
不信も
やれやれと
(あれから三週間もたっているんだけどな)
グリペン搭乗の後遺症だった。思い出すのも恐ろしい。10G以上の圧力にさらされた身体は見るも
……まだ無理は禁物だな。
怪我の場所に気をつけながら学生服に着替える。地元高校の夏服はシンプルな白の
一通り準備を整え部屋から出ようとする。忘れ物がないか確認、最後にもう一度室内を振り返った。机の上に一冊のテキストを認める。
(別に
地元普通科高校への編入。明華の
実際航空学生への
だが今の自分にとって
彼女のいる町。
彼女と出会い、思い出を積み上げ、ともに戦い守りきった土地。その記憶が両足をくさびのごとく大地に打ちつけていた。見る景色、人、もの
(大丈夫、空は逃げない。待っててくれるさ)
自分に言い聞かせるよう独りごちて扉を開ける。下から
編入先の高校は自宅から徒歩十分ほど、市立図書館の北側にあった。古い城跡の公園を望みながら通学路を歩いていく。
「そういえばバイトはもういいの?」
「もともと短期の話だったしな。学校が始まると言ったら普通に抜けさせてもらえたよ。まぁまた余裕があれば行くかもしれないけど」
「そうなんだ」
「うん」
実際はグリペンの処遇が決まるまで待機させられている感じだった。
あの日、無断出撃の果てにグリペンは敵機を撃退した。ミサイルも銃弾も全て撃ち尽くし小松の空を守りきった。結果、市街の被害は飛行場を中心としたわずかなエリアに
だが彼女は
(
『あまり期待するなよ』
去り
『お役所ってのはな、動かすのも大変だが一度動いたものを止めるのも一苦労なんだ』
実際あれから何週間もたつのに
不安なことはもう一つ、ドッグファイトの最後に感じたグリペンとの一体感。あれを八代通に話したところ言下に『ありえない』と否定された。
『人間の脳は
『じゃあなんで、あんなこと』
『失神して夢でも見たんだろう』
言われてみれば最後の方、記憶がない。実際着陸後はストレッチャーで運び出されたし、
にしたって風も陽光の熱さも、燃焼するガソリンの
だが切なる願いも
──あまり期待を持ちすぎるなよ。
「自衛隊のバイトがないならあたしと一緒にやれる仕事、探さない? ショッピングセンターの店員とかファミレスのウェイターとか」
「ああ……」
そういうのもありなのか。気分転換で、心に
「まぁ、悪くないかもな」
「本当? じゃあ今日バイト情報誌買いに行こうよ。それ見て二人でできる仕事探そう」
えらく積極的だ。
いや、でも編入初日に仕事探しとかどうなんだ? この学校、バイトOKかもまだ分かっていないだろうに。
疑問に思いつつも一方で彼女の
だめだな、しっかりしないと。いつまでも
「……あ」
声が漏れた。
目が吸いつけられる。
並木の下にワンピースの少女が立っていた。折れそうに細い
背中を向けているため顔は分からない。だが流れ落ちる長い髪には見覚えがあった。きらきらと内側から
まさか、まさか。
心臓が高鳴る。抑えていた感情がこみ上げてきた。息が苦しい。乱れた呼吸を整え
「おい」と呼びかけようとして、だが彼女の方が先に振り返った。ワンピースの
灰色の
ただいま。
そして──止まっていた時間がまた動き出した。
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