第三章 お店ゲットしたんですけど?
ギャルふたり、大ゲンカ
どうにか疲れは取れたようだ。
しかし、外がやけに騒がしい。
小さな少女の声が、二階の部屋まで聞こえてくる。
「冒険者ギルドで聞きましたが、雷帝がいらっしゃるんですよね! 会わせてください!」
「まあまあ、まだ朝が早いから」
ピンク色のローブ、同色のバルーンパンツを着た少女が、ロゼットに宥められていた。
ツーサイドアップに纏めた所は、犬の垂れ耳を連想させた。
「どうしたの?」
遙香が朝食の席に着く。
「この子がエクレールさんに会わせて欲しいって聞かなくて」
「おお、マイではないか」
旅の支度を終えたエクレールが、階段を降りてくる。
チョ子も一緒だ。
「おお、めっちゃカワイイ!」
階段の柵を跳び越えて、チョ子がマイに飛びつこうとダイブした。
「エクレール様!」
マイという名の少女が、エクレールの側まで早足で近づき、跪く。
咄嗟にしゃがまれたため、チョ子は顔から床へキスをした。
「お願いです! ドーラ婆ちゃんを助けてください!」
「ドーラが?」
「北の洞窟へ調査に行くと言って、もう一週間も帰ってこないんです!」
声は子どものように高いが、プロポーションが現実離れしている。まるで天使が降りてきたのかと思わせるほどの可愛さだ。
彼女は、エクレールに用事があるらしい。
「いったぁ」
チョ子はまだ鼻を押さえていた。
日頃の行いが悪いから、こうなる。
とはいえ、食欲は相変わらず。本当にへこたれないヤツだ。
「朝から申し訳ありません。わたしは、マイ・キャクストンと申します」
遙香たちの存在に気づき、ぺこり、とマイが子どもらしく頭を下げる。
発育はいいが、雰囲気からすると、実際はまだ子どもなのかも。
チョ子やロゼットも大概だが、マイの双丘はそれを軽く超えていた。
「詳しい話を聞かせてくれないか。とにかく座ろう」
エクレールは、マイの分の朝食を、ロゼットに頼んだ。
「すっごい、うち、ストロベリーブロンドの髪なんて初めて見たよ。それって地毛なん?」
「地毛ですよ。我が家自慢の髪色なんです」
ストロベリーブロンドとは、いわゆる「ピンク髪」である。
金髪に赤毛が混じった髪をいうらしい。
ゲームやアニメではごく普通に存在するが、マイは地毛とは。
遙香も初めてお目に掛かった。
「マイちゃんだっけ、いくつ?」
「十四歳です」
思わず、違うところにスープが入りそうになる。
「ウチらの三つ下!? 全然見えない。大人っぽい! かわいい!」
「あ、ありがとうございます」
見た目だけは美人な相手に褒められ、マイは恐縮しているようだ。
「エクレールは何歳だったっけ?」
「一六〇歳だが。人間で言うと、一六くらいかな」
人は見かけによらない。
生きてきた分だけ、修行に時間を費やしたのだろう。
栄養が身長にまで行き渡らなかったようだ。
あまり食欲がないのか、マイはパンを少し千切っては舐めるような仕草で口へと運ぶ。
腹が落ち着いたのか、やや元気を取り戻し始めたようだ。
けれど、犬耳風の髪も、心なしかシュンとしているように見える。
「実は、ゴブリンが大量発生していて、畑を荒らしまくっていたんです。巣を壊しても、また別の場所から湧き出して。それでドーラお婆……祖母のドーラ・キャクストンが、ここから北にあるラスカー洞窟が怪しいからと、調査に向かったんです。でも、いくら待っても帰ってこなくて」
マイが話を終えたタイミングで、遙香はエクレールに話を振った。
「エクレール、そのドーラという人が?」
「うむ。ワタシの友人だ。偉大な元冒険者にして、世界有数の大魔法使い。長年、冒険者カードなどの身分証システムを管理していた女だ。今は役目を後進に譲って、この地で隠居している」
それは絶対に凄い魔法使いだ。
「他の冒険者達に当たらなかったのか?」
「無理です。ラスカー洞窟の方に向かったって言ったら、誰も相手にしてくれなくて」
妙に納得したかのように、エクレールがうなだれる。
肘を曲げ、額に手を添えた。
「そんなにヤバいの?」
「強力な魔物の住む洞窟だ。財宝が眠っているとの噂だが、レベルが二〇あっても辛いな」
この辺りの冒険者は、レベル一〇前後だという。
遙香たちギャル二人と差して変わらない。
「ラスカー洞窟か。あそこの魔物が活発化するとは。かなり厄介だな。何か、嫌な予感がする」
洞窟に棲息する魔物は、おとなしいが強いそうだ。
「もう、『雷帝』のエクレール様しか頼れる人がいなくて。お願いします」
静かだが、芯のある声でマイが頼み込む。
「助けよう!」
いきなり、チョ子が立ち上がった。
「あんたね。無茶を言わないで。並の冒険者でも避ける洞窟なのよ。普通以下の私たちが行っても邪魔になるだけだわ」
「でも、友達が困ってたら、ほっとけないよ! 何か協力したい」
説得は利かないらしい。
「ドーラさんを助け出すメリットは?」
遙香の言葉に、チョ子は言葉を詰まらせる。
「元の世界に帰るのが、私たちの目的のはずよ。それ以外に加担して、何の得があると――」
「どうしてそういうこと言うの!?」
チョ子は非難の眼差しを、遙香に浴びせた。
「じゃあ、友達の友達を助けに行くのに、いちいち理由を考えないとダメなん? メリットがないとさ、知り合いが困ってても手を差し伸べちゃいけないってワケ?」
チョ子の叱責を聞いて、遙香は安心する。
彼女はどこにいてもいつも通りだ。
「分かったわ。マイに手を貸しましょう」
「え、ハッカ?」
「ホラ、何をボーッとしてるの。準備しなさい」
遙香の態度が急に変わったので、チョ子が呆気にとられた様子を浮かべる。
「だってハッカ、さっき理由を聞いてきたじゃん?」
「あんたが損得だけで動くような薄情者なら、もうコンビはこれっきりだと思ったわ。でも違った。あんたは優しい子よ。だから一緒に行くの」
試したことを詫びると、チョ子は首を振った。
「ありがと、ハッカ。ウチのお願い聞いてくれて」
「それはこっちのセリフよ」
遙香だって、目の前で泣いている人間を放っておけるほど、ドライな性格ではない。しかし、誰かに背中は押して欲しかった。一人では、判断が鈍っていただろう。マイを守ると言い訳を作って、リスクを避けて。
血なんか騒がない。
正義感とも違う。
何かワケの分からない衝動にかられているわけでもない。
ただ「マイを助けないと」と確信している自分がいた。
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