ギャルの決意
「それを知らないとなると、どうやら本当に異邦人っぽいな」
ワインで喉を潤してから、フィンは、世界の成り立ちを語り始めた。
この世界は、あちこちに魔王がいる。
メイプリアスも、魔王が仕切っていて、度々悪さをするらしい。世界支配などの大規模な企みを持つ者は
現れたとて、すぐに冒険者ギルドが退治してしまうという。
「これは噂なんだが、奴ら魔王たちは、古代文明を扱っていた人種の末裔らしいんだ。魔法の技術も、古代文明の産物だという話だ」
銃や、カード支払いシステムなどがある世界。
ファンタジーな割に高度すぎるアイテム群。
それらが存在する理由が、ようやく納得できた。
だから文明が過剰に発達しているのか。
「それが、戦争か何かの理由で滅びたと」
よくある話だ。
「まあ、そんなところかな。エイプリアスにも、文明の一部が残っているらしい。ここを訪れる冒険者は、過去の遺産目当てにやってくるのさ。メープルの木が生えたのも、遺跡の影響らしい」
小さな街なのに、冒険者の団体が目立ったのは、そういう経緯があったのか。
「その割には、あまり繁盛していないみたいだけど」
「みんな、冒険者用の宿を提供しているからさ」
似たような店ばかりが並んでいる理由はそれか。
街の住人たちは、冒険者たちの稼ぎを当てにしているのだ。
これでは人の出入りが激しくとも、人が定着しない。
街の住人も、年配の男女ばかりだったような。
これなら、娯楽の少なさも頷ける。
「二人がウィートの街にきた目的は?」
ロゼットさんが訪ねてくる。
遙香は苦笑いした。「何も、決めてなくて」
「へえ、自由で素敵ね」
「そんな格好のいい旅ではないです」
この世界に来た経緯を、ロゼット夫婦にかいつまんで話す。
ロゼットやフィンは、遙香たちを特別珍しがっている気配はなかった。
未知の世界からの来訪者人間という恐れも感じていないらしい。
普通に旅人として受け入れてくれているようだ。
「私、自分のお店を持ちたいんです」
遙香の夢は、女性向けの雑貨屋を運営することだ。
イラストが好きだったから、ネイルアートのサロンも捨てがたい。
目標は多いが、雑貨屋ならなんでもできると思った。
「素敵な夢ね。でも、帰れないと大変よね」
まったくである。
目標のために勉強して、ファッションも学んできたのに。
「チョ子ちゃんは、何か向こうでやり残したこととかはないの?」
「ウチは、別に帰らなくてもいいかな?」
意外な言葉が返ってきて、遙香は驚く。
「なに言ってるの? あんたが一番戻らないといけないのに。友達が心配しているわ」
事情を知っている遙香は、チョ子の肩を掴んだ。
「うーん。そうなんだけどねぇ」
「帰りたくない理由でもあるの?」
「そうじゃなくってさ、なんつーかなぁ、ちょっとのんびりしたい」
それだけ言って、チョ子は椅子にもたれる。
それ以上は話してくれなさそうだ。
無理に聞くとこじれるかも。遙香は詮索をやめた。
ベッドに身体を沈める。
腹を満たしたためか、急激に眠気が襲ってきた。
今日は散々戦い、歩いた。
思いのほか、限界が近かったのかも知れない。
多少体力があればエクレールの用事を、と思っていたが。
不意に、謎の重みが身体にのしかかってきた。
敵襲か? いや、ただのチョ子だ。
「何よ、眠れないわ」
「ごめん。でも今日はありがとね」
「お礼なんて、よしてちょうだい」
遙香はチョ子を押しのける。
だが、チョ子が離れてくれない。
「ごめんね、ハッカ。ウチが余計なマネをしたから、ハッカまでこんな災難に巻き込んじゃってさ」
妙にしおらしくなって、チョ子が遙香の腕に絡みついてくる。
「ハッカってすごいよね。知識が豊富でさ」
「だから、全部兄貴の受け売りだって言ってるじゃない」
アニメや映画に、チョ子より詳しいだけである。
あまり褒められた特技ではない。
「ゼンザイとは、まだ連絡し合ってるの?」
チョ子が言うゼンザイとは、兄のことだ。
「最近は音信不通気味だったわ」
兄はデジタルコミック雑誌の編集を辞め、放浪の旅に出た。
起業するための準備だというが。相当額の貯金をしていたらしく、放浪は数週間になる。
遙香の元へは、数日おきに連絡が入っていた。
しかし、遙香は今、異世界にいる。電話は繋がらないだろう。
兄の退職も、遙香の心に深く傷として刻まれていた。
会社勤めに、魅力を見いだせない。
若くて金がなくても、目標に邁進すべきなのではないか、と。
「なによ、シュンとして」
「別にいいじゃん」と、チョ子は枕を抱きしめる。
「それでもすごいって。ウチ、独りだったらここまでたどり着けなかった。遭難して死んじゃってた」
どうだろうか。チョ子の野性的な生命力なら、どこでも生きていける。これだけコミュ力の高い女なら、見知らぬ街でも誰とも仲良くなれるに違いない。何より、こんなグラマーで美人な少女を、男性が放っておかないだろう。
「ただのオタよ、私は」
遥が一人遊びに没頭し始めたせいで、しばらくチョ子と遊ばなくなってしまった。
その間に、チョ子は友達を増やしていき、まずます自分は孤独と友達になりかけている。
それでも、チョ子だけは昼を一緒に食べたりと、それなりに接してきた。
「ハッカが隠れオタなのは知ってたよ。でもね、ウチには関係ない。ハッカだから頼もしいって思う」
「やめてよ恥ずかしい。私は早く帰って、開業のために勉強が必要なの」
急に、チョ子が両手をパンと叩いた。
「どうしたのよ、チョ子?」
「そうだ! ハッカ、お店やろうよ! ハッカの夢だった雑貨屋さん!」
「いきなり何を言い出すのよ」
「もう元の世界に帰れないんだったらさぁ、こっちでお店を開けばいいんだよ!」
そんな無茶な。
「手続きとか色々面倒なのよ? 土地も探さないと」
「チャレンジしてみなきゃ分からないじゃん。冒険者ってお金も稼げるんでしょ? お金貯めて、屋台か何か引くだけでもやれるんじゃない? イメージ違うかも知れないけど」
チョ子のアグレッシブさは異様だ。ついて行けない。
「考えるだけやってみてもいいんじゃない? ウチも手伝うからさ」
「バカ言ってないで、自分のベッドに行ってちょうだい。寝不足だと、明日あんたの面倒見られないかもよ」
「おっと、それは困る! じゃあ、おやすみハッカ」
「分かったから寝なさいっ」
自分のベッドに戻ったのだろう。
チョ子の体温を感じなくなる。
直後に、遙香は眠気に包まれた。
ただ、チョ子が実家に帰りたがっていない理由はなんだ?
事情次第だと、遙香ではどうにもならないかもしれない。
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