ギャルの宿

 結局、本名での冒険は諦めることに。

「ハッカという名は幻想的だ」と、エクレールから説得されたからだ。

 こんなところで精神をすり減らすのもバカバカしい。

 

 気を取り直して、フィンの妻が経営する宿へ。


「ねえハッカ、言ってもいいかな?」

「奇遇ね、私も意見したい気分なの」

「退屈なんだけど?」

「まったくだわ」


 この街は、殺風景すぎる。どこもかしこも民家ばかりなのだ。

 なぜかは分からないが。


「なんかさ、防具屋と武器屋の看板ばかり目立つね」

「マジックアイテムの店もあるけど、旅人用のグッズが大半だったわ」


 市民用には、生活必需品の店しか機能していない。

 街と言えば、もっと活気に溢れた場所ではないのか?


「あんまり、楽しくなさそうな街だね」

「ベッドタウンなのかしら? なんだか、自販機とおトイレしかないパーキングエリアに来たみたいだわ」


 そうこうしている間に、二階建ての建物が目についた。看板を見ると、目的地の宿屋らしい。


 入り口は開いている。二人してロビーへ。


 ココア色の長髪を持った女性が、食堂スペースのテーブルをピカピカに磨いていた。

「あら、いらっしゃい。冒険者の方かしら? わたしは店主のロゼットです。」


 遙香たちを確認した店主ロゼットは、思わず守りたくなるような笑みを浮かべる。

 いったいどうして、フィンを選んでしまったのか。そう思わせるほどに美しい。

 スタイルも抜群である。素行の悪い冒険者なら、きっと狙いを付けるだろう。


 遙香たちは名乗り、フィンからこの宿を紹介されたと、ロゼットに告げた。


「フィンの紹介でいらしたのね。では、冒険者カードをレジに提示してくださいな」


 文庫本ほど大きな金属製の板が、カウンターにセットされている。金属の板には、魔方陣が彫られていた。


 指示に従って、金属板へカードをかざす。


「はい、宿の受付終了。一人分五〇〇キャンドが三人、合計一五〇〇キャンドです。カードを返しますね」


 これは、コンビニなどで見るお財布カードの原理だ。

 こういったシステムだけ、えらく進んでいる。理由は分からないが。


「キャンド?」

「通貨単位よ」


 宿のカウンターに、キャンディが小さい瓶に入っている。

 一個が一キャンドで売られていた。一キャンド一〇円くらいだと思われる。


「アメが気になる? アメはメイプリアスで一番安いの。この世界の通貨は、アメ玉一粒買える単位なの。アメ一粒あれば、半日は生きられるから。覚えやすいでしょ?」


 ならば、宿代は一人五〇〇〇円くらいか。


「ひと粒もーらい」

 好奇心旺盛なチョ子が、カードで支払いを済ませた。キャンディを口に放り込む。


「どう、お菓子屋さんの娘の舌も唸らせるほどの味かしら?」

 遙香が尋ねると、チョ子は指で輪っかを描いた。


「私もいただくわ」

 遙香は、ロゼットにカードを見せる。

「はい、一キャンドよ」


 カードを魔力板に当てて、会計を済ませた。

 瓶からアメを一粒取り出して、口の中へ。


 うん。甘すぎず、変なクセもない。

 化学調味料の一切含まれていない、天然の味。


「チョ子ちゃんの実家って、お菓子屋さんなの?」

「はい。彼女のお店は、なんと言いますか、独特のお菓子を作っています」


 和菓子屋の娘なのだが、『和菓子』という単語がこの世界で通じるのか謎だ。


「キーはこちらね。突き当たりにある窓際の部屋だから。ベッドはちゃんと三つ用意してるわ」


「ありがとう。助かります」


 特に貴重品は持っていない。階段を上って、部屋だけ確認する。


 ベッドが小さく、テーブルもない。三人分だとやや狭いが、雨風を凌ぐには十分すぎだ。これ以上の贅沢は言えないだろう。食事は一階で食べればいい。


「そうだ。のんびりしていられないわ。エクレールの用事を早く済ませないと」


 彼女は、古い友人に会いに来たのだった。


「急いでいないさ。それよりワタシも疲れた。夕飯を食おう」


 一階に向かう。丁度、夕食の準備が済んだようである。


 フィンが帰ってきていた。せっかくだから話をきかせてくれという。


 誘われるまま、ありがたく食事を頂戴することに。


 メニューは、クリームシチューとパンだ。

 地球産と比べると味付けは簡素だった。しょっぱいだけで味気ない。とはいえ、旅で疲れた身体には、この強めな塩加減が嬉しかった。


 フィンとロゼットは、グラスでワインを嗜んでいる。


 当然、遙香たちはブドウジュースだ。といっても、単にブドウを潰した汁に水を加えたものだが。


「うん? ハッカ、炭酸炭酸! これ炭酸じゃん!」

 ぶどうジュースに使われている炭酸水に、チョ子がはしゃいでいる。ファンタジー世界で炭酸が飲めるとは、想像していなかったのだろう。


「炭酸なんて紀元前からあるのよ。あまり珍しい代物ではないの。もっとも、世界で炭酸水が開発されたのは一七世紀、日本だと明治時代あたりだけど」


 この異世界も、だいたいそれくらいの文明レベルだと思われる。カード決済ができる以外は。


「ふーん、そうなんだ。それでさ、紀元前って何?」


 遙香は頭を抱える。


「それ、何?」と、チョ子が、エクレールの所持品に興味を示した。


「これは盃だ。これに酒を注ぐと、また違う趣がある」

 エクレールが持つ盃は小皿である。木製だと割れやすいからか、銀製だ。


「あんたもどうだ?」と、フィンがエクレールの盃へワインボトルを傾ける。


 ワインに口を付ける度、エクレールはうんうんと唸る。


「サトウカエデの木が沢山あるのを見たわ」

「カ・エ・デ……ああ、メープルのことね?」


 カエデ、つまりメープルは、メープルシュガーという砂糖を採取できる。砂糖というだけでも貴重なのに、カエデから出る砂糖は高級品だ。

 同じ蜜類でも、ハチミツと違ってボツリヌス菌が入っていない。赤ん坊でも食べられる。


「にしては、キャンディが安くない?」


「この国は、メープルで作った砂糖で、財をなしたの。でも、高級品であるメープルシュガーを巡って戦争が起きたの。初代メイプリアス国王はそのことを憂い、木々を増やして、他国にも分けたのよ。おかげで、砂糖が庶民にも行き渡るようになったわ」


 とはいえ、蜜を加工しようにも道具に金が掛かりすぎるらしい。パティシエも王家や貴族が囲っている。

 よって、溶かして固めただけのキャンディなどにするという。後は、パンに少し混ぜるくらい。


 思い出してみると、ゴブリンが沢山現れた場所も、メープルの生い茂る森の近くだった。高いメープルシュガーが狙いだったのかもしれない。


「おおかた、メープルの価値を上げるのが目的だろう。自分たちが強奪した際に、価値が生まれるようにな」

 盃を傾けながら、エクレールがそう分析した。


「それにしても、雷帝がチームを組むとは。こいつらがよほど珍しいんだな?」

 エクレールに尋ねながら、フィンがムシャムシャとパンをかじる。


「彼女たちは、いわゆる異邦人だ。こことは別の世界から来たらしい」


 何かを納得したのか、フィンが何度も頷いた。

「言われてみれば、確かに雰囲気が他の連中と違うな。装備品も特注のようだし。銃か。古代文明の遺産を携帯しているのか」


 また、妙な単語が。


「古代文明って?」

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