ギャルが帰る方法

「ごめん、意味が全然分かんないんだけど?」


 チョ子が理解できないのもうなずける。

 遙香ですら、正直正解なのかどうか自信がなかった。


「コンピュータのゲームで言えば、単にタクス、つまり課題をこなしているだけなのよ。モンスターたちはザコとかボスとかっていう、役割を請け負っているだけなの」


 彼らは、魔王ベリーアルから指示を受け、それを遂行するために存在している。

 いわば、ルーティンで働くマシンなのだ。


「この地域にいる魔人、および配下の魔物は、いわゆる将棋の駒なの」

「じゃあ、モンスターには自由意志がない?」

「そうよ。自生しているモンスターならともかく、魔人の配下は、指示通りしか動かないわ。その指示が厄介なんだけどね」


 彼らが考えた作戦は、あまりにも回りくどい物だった。

 それ故に効果的である。


「変な奴らだね?」

「でも、あんたが一番嫌いなタイプよ」

「うん。自分がない奴ら、指示されるだけの人生なんて、まっぴらだもん」


 ひたすら自由人なチョ子には、魔物たちのルーティンワークを重視する行動理念など、理解できないだろう。


「私たちがメイプリアスに召喚された理由も、なんとなく分かったわ」


 上位存在というヤツは、遙香やチョ子の敵でも味方でもない。

 ましてや、世界を救う存在でもなかった。

 

 ただの【ゲームマスター】である。

 

 神々は、自身が状況を見て楽しむためだけに、遙香たちをここへ連れてきた。

 

 世界を狂わせる異分子、バグとして。


「そこの壁一面に、『私たちにしか解読できない言語』で、そう書かれていたわ」


 この世界は、ファンタジーゲームの要素満載だ。

 ところが、実際はリアルタイムストラテジーゲーム、つまり、生産と戦争を同時に行う戦略ゲームをさせられていた。


 魔王ベリーアル率いる魔物と、人間側の神様が、戦略を立てながら楽しんでいる。

 いわば、人間との知恵を比べあっているのだ。


 人間が自分たちのパターンに組み込まれるか、自分たちが戦略で負けるか。

 サトウカエデも単なるマクガフィン、世界を動かす仕掛けでしかない。


 しかし、モンスター側に知恵がつきすぎた。

 人間側が戦略面で不利になった。

 結果、人類側の神アモンドが遙香たちを呼んだ。

 パターンを繰り返すだけの世界を、攻略してもらうためだけに。


「私たちも、このゲームに組み込まれてる。冒険者としてね」


 自分たちはおつかいゲームをやらされているのだ。

 自分の意思とは無関係に。


「じゃあさ、妖精王ちゃんもグル?」

 遙香は首を振った。「彼女だって被害者よ」


 妖精王がドロップアウトしたワケだ。

 世界で起きる出来事を攻略するためだめの人生なんて、バカバカしいから。


「アホくさ! 人をなんだと思ってるんだ! マジで頭にきた! どっちの神様も許せない!」

 やはり、チョ子が怒りを露わにした。

 彼女は、システムに組み込まれる生き方を最も嫌う。


「私も同意見よ。だから、私たちは世界を攻略なんかしてやらないわ」


 妖精王だって、それを願っている。

 世界は攻略するためにあるのではない。

 そんな決まりきった生き方なんて、誰も望んでいないはずだ。


「そうよね、ダイフグ?」


 遙香の懐が動いた。

 わらび餅のような形のスマホがニョキッと顔を出す。


「あなた、わざと情報を隠していたわね?」

「初めから全部教えるより、世界の事情を知ってもらった上で、仕組みを理解してもらおうと思ってましてん。黙っててホンマすんまへん」


 いや、彼は悪くない。

 一から彼に事情を解説してもらっていたら、自分も妖精王と同様に、リタイアしていただろう。


「幻滅しましたやろ? ワシらは結局雇われなんで、皆さんに何もしてやれんのですわ」

「いいえ。この世界の解明だけでも十分よ」


 遙香が慰めると、ダイフグは「おおきに」と力なく感謝を述べた。


「ただ、一点だけ教えて、どうして私たちは二人組で召還されたの? 普通、一人が呼び出されるはずだけど」

「召還のときにベタってくっついてましたやん? その影響ですわ。いっそ二人とも転移させてまえ、と、妖精王は考えたんですわ。ダンナのアモンドは反対したんでっけどな?」

「妖精王って、神様と結ばれたのね」

「子どもも四人いまっせ」


 管理者とは、神アモンドのことだったらしい。 


「なるほど、ここを納める魔王の正体は掴めたかも」

「マジで?」

「私たちの他に、もう一人プレイヤーがいるわ。そいつよ」


 遙香たちは神が連れてきたプレイヤーである。

 だとしたら、魔王側にもプレイヤーが存在すると考えていい。


「さて、帰ろっか、ハッカ」

 アクロバティックな動きで、チョ子が立ち上がる。尻をはたいて、この場を去ろうとした。


「待って、チョ子!」

 だが、遙香の方は思いとどまる。

 帰らせるまいと、チョ子の手首を掴んだ。


「何、ハッカ?」

「続きがある」



『なお、魔王の討伐を遂行、もしくは領土に一定の変化をもたらしたイレギュラーは、元の世界に戻る権利を得る』


 最後の一文にはそう書かれていた。



「帰れるわ。私たち」

 遙香は、チョ子に告げる。



 だが、意外な回答がチョ子から返ってきた。

「ええーっ、せっかく面白くなってきたのに!」

 不満をぶつけてくる。


 チョ子の発言に、同意している自分がいた。

 遙香も、メイプリアスを気に入り始めていたのだ。


 この世界には、元の世界にはない刺激が沢山ある。

 大人にならないとできないような経験も、一足飛びで経験してきた。

 手放すには惜しい。

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