ギャル、エルフをメイクする!

「ふむ。こことは違う世界から。俄には信じられんな」


「私たちもよ。ねえ、どこか落ち着いた街か村はないかしら? これからどうすべきか、冷静に考えたいわ」

 遙香が聞くと、エクレールは西を指さした。


「あそこに、簡素な街がある。ワタシもそこを目指す。仕事か寝床が欲しいなら、そこの冒険者ギルドへ行くといい」


 川の水をコップで汲み、エクレールはたき火を消す。何度も靴で灰を踏んだ。


「あの盗賊たちは、ほっといても?」


「冒険者カードを通して、近くの冒険者ギルドに報告した。討伐の証拠はワタシが持っている。後始末はギルドに任せるさ」


 風に乗った灰が目に入り、エクレールは顔を腕で拭った。

 黒い煤が頬につく。


「ああ、ダメダメ! じっとしてて」

 チョ子は、ハンカチを湿らせて、頬の煤を拭く。腰のポーチに手をかける。


 中には、現実世界にあった化粧品類が入っていた。


「そのまま動かないで」

 鼻歌を歌いながら、チョ子はエクレールにメイクを施していく。


「よせ。私は戦士だ。化粧などしても」

 エクレールはわずかに抵抗した。


「いいからいいから」と、チョ子は手を止めない。

「軽くだけど、完成っと」

 チョ子がコンパクトを開き、エクレールに鏡を見せる。


 たった数分程度のメイクで、エクレールが見違えた。

 そのままでも十分美しかったが、闘争心による近寄りがたさが消えた風に思える。


「これが、ワタシか……」

 鏡を見ながら、エクレールはうっとりしていた。


「お、そうだ。街へ行くんだったな。付いてこい」

 変貌した自身の容姿から目をそらすかのように、エクレールは背を向ける。


 遙香はエクレールを追い、カエデの森をひらすら歩く。

 後ろから、ちゃんとチョ子もついてくる。


「それにしても、ゴブリンの巣が密集した森を抜けてくるとは。多少は使えるようだな」


「どうなのかしら。強さの基準が分からないわ」


「新米ではなかろう。本来は、ワタシが狩る予定だったのだ。村に行くついででな」


 ここから遠く離れた農村で、そう依頼を受けたそうだ。「畑を荒らすゴブリンを撃退して欲しい」と。

 街へ向かう道中で、ゴブリンを屠ったという。

 遙香たちが壊滅させた巣より規模の大きな群れを、四つほど潰してきたらしい。

 あの腕前なら、ゴブリンなど相手ではないだろう。


「だが、ワタシが休憩中のところで、キミ達が先回りして退治をした」


「ごめんなさい。仕事を奪ってしまって」


「あれは畑を荒らす。誰かがやらねばならなかったのだ。キミらは正しいことを行った」


 後ろを歩くチョ子が、遙香の肩に手をかけた。

「あのさ、ハッカ。ゴブリンって、なに?」


「私たちがさっきやっつけた連中よ」


 エクレールの足が止まる。

「ゴブリンという存在を知らずに狩ったのか。なおさら驚いたな。となると、依頼を受けたわけではないらしい」


「それだけ初心者なのよ。だから早く冒険者ギルドに行かないと」


 エクレールが、こちらに向き直った。

「本当に初心者なのか? 疑わしいな」


「何がよ?」


「ハッカ殿、キミの連れ合いのチョ子殿か、彼女が抱きついてきたとき、ワタシは反応できなかった。ワタシは一見子どもに見えるが、齢は二〇〇を超えている。それなりに腕も立つつもりだ。そのワタシが油断するとは」


 エクレールの強さがどれほどのものかは知らない。

 ただ、チョ子がいかにイレギュラーなのかは、エクレールの強さを思い出せば、なんとなく分かる。


「気のせいじゃない。こいつ天然だし」


「ワタシの目は確かだ。彼女は鍛え方次第では、伸びる。キミもだ、ハッカ殿。キミらはここに、何かを為し得るだろう」

 相当、エクレールは自分たちを買っている。


 チョ子はともかく、遙香には、この世界に爪痕を残す理由がない。

 元の世界に帰れたらいいだけだ。地球でやりたいことがある。


「買いかぶりすぎよ。とにかく、今は村へ向かいましょ」


「そうだな。もうすぐ着く。少し速度を上げるぞ」

 エクレールは足を速めた。明らかに、スピードが早くなっている。並の人間なら、走っても追いつけないくらいだろう。


 だが、自分たちは追跡できている。

 しかも、まったく息も切れていない。

 装備の恩恵か? あるいは潜在能力? 

 確証はない。自分たちのステータスを確認する必要もできた。


「エクレールは、村に何の用事があるの?」


「古い友人に会うんだ。もう七〇歳近いが、苦労してな。見た目が百歳くらいに見える」


 彼女の友人は妖怪か?

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