第七章 ラストバトルなんですけど!?

ギャルは絶対、あきらめない!

 ウィートの街周辺の麦畑が、モンスターの襲撃によってダメージを受けていた。被害は約二〇%ほどである。それでも、街の士気を下げるには十分だった。


「ひどい」

 炭と化した麦を、チョ子が握りしめる。


「国家の命令なの。ここもまた襲われる危険が高い。だから、王都へ避難しなさいって」


 ロゼットから説明を受けても、遙香には納得できない。


 街の外を見てみた。どの店も封鎖している。


「冒険者ギルドまで閉めてるよ」

 誰もいなくなったギルドを、チョ子は見回す。


 ギルドの掲示板にあった依頼書も、全て取り外されていた。

 カウンターの奥では、フィンが荷造りを初めている。


「他に方法はないの?」

「国が決めたことだからな。オレたちだけでは、どうにもならん」

 家財道具をまとめながら、フィンは首を振った。

「一斉退去は翌日だ。早く準備しておけよ」


 自分たちは終わるのか。何もできないまま。


 店に戻り、ガラスケースを撫でる。


 この店をもらって、ネイルサロンを開いた。長かったような、短かったような。


「あの、ハッカさん、気が乗らないなら、わたしが全部やります」

「ワタシも手伝うぞ」

 エクレールとマイが、声をかけてくれた。


「ありがとう。でも、心配はいらないわ。ドーラの手伝いをしてあげて」

「ハッカさん!」

「お願いよ」


 尚も、マイは遙香の力になろうとしてくれている。

「行こう、マイ」と、エクレールが、マイの肩に手を置いた。

 後ろ髪を引かれるような顔で、マイはエクレールに連れられていく。


 ドーラの身体が弱いからというより、二人きりになりたかったのだ。

 いきなり出て行けと言われても、整理する気分にも起きない。

せっかくここまでやってきたのに、あと数日のうちに閉鎖なんて。


「父も兄も、こんな気持ちだったのかしら?」

「どしたん、ハッカ」

「四歳の頃、家の大掃除をしたのよ。押入の中から、父が描いたマンガが出てきたの」

 自分の家族について、遙香は語る。


 遙香の父は昔、マンガ家になりたかったそうだ。でも、彼はスマホの動画サービス部門に入社、サラリーマンの道を選ぶ。

 なぜ、と尋ねたら、母が善哉を身ごもったからだという。

 そこからコンテンツビジネス会社のトップにまで上り詰めたのだから、さすがとしか言いようがない。

 

 けれども、遙香の中には釈然としない感情が芽生えていた。

「兄貴もさ、父の企業に入るまでは、イラストレーターを目指していたの。本棚にも、画集やイラスト用ソフトがズラッと並んでいたわ」


 しかし、兄もまた、勤め人として家を出た。


「唯一の救いは、商業イラストサイトの編集をしていることよね」


 少しでも、理想に近づけただけでもよかったのかも知れない。

 とはいえ、他に道があったのでは?


 疑問の答えを出すため、遙香は趣味を高めてビジネスを興す決意を固めた。


「そんな二人を見て育ったから、私は意地でも、自分も他人も楽しませて、お金をもらいたいのよ」


 事業を継げという父と言い争いになった。

 母だけは遙香を応援してくれる。

 けれども、父や兄は反対した。願望を叶える苦労や挫折を知っているから。


「やっぱりさ、ハッカには敵わないな」

「どうしてよ? 商才ならアンタの方がずっと上でしょ? どれだけ、私が助かっているか」

「ありがと、ハッカ。でもさ、気持ちでは負けてるよ」

 遙香が賞賛の言葉を並べても、チョ子は自分を認めようとしない。


「ウチさぁ、ここに来る前、退学も覚悟していたんだよね」

 チョ子がとんでもない言葉を漏らす。


「生徒指導が動くほど、あんたって素行不良ではなかったでしょ?」

「うーん、そうなんだけどさ。バッグで先生殴っちゃって」


 初耳だ。そんなことがあったなんて知らない。


「だって、あいつハッカの悪口言ったんだよ! 夢みたいなコト考えてるって! 撤回しろってカバンでひっぱたいてやった」


 チョ子の話を聞いて、遙香は、吹き出した。


「どしたん、ハッカ?」


「生徒指導の教師なら、私も懲らしめてやったわ。あいつ、チョ子の悪口を吐いたの。ハラスメントだって校長に直訴したの。チョ子はちゃらんぽらんに思えて、懸命に明日を見ている。あの先生はチョ子の格好だけで判断しているって」


 知り合いをバカにされて、黙っていられなかったのである。

 結局、生徒指導の先生は自主退職したという。チョ子との経緯が原因なのかは分からないが。


「ウチら、同じ行動取ってるじゃん!」

「そうなのよ。イヤんなっちゃう」


 遙香とチョ子は、腹を抱えて笑い合った。

 お互いが同様の気持ちでいたことが恥ずかしくて、でもちょっと嬉しくて。


「あー、おっかしーっ!」

「ここまで大声出したの、久しぶりだね!」


 言った後、チョ子が真面目な表情に。


「やだよね。このまんまじゃさ」


「当たり前よ」と、遙香も返す。

「せっかくここまで来たのに、おじゃんになんてさせないわ」


 自分たちは、まだ始まってすらいない。

 無理矢理の形で異世界に連れてこられた。

 ア・マァイモン、メイプリアスにおける歴史かないのだ。


 終わらせてなるものか。


 何か、手はあるはずだ。最良じゃなくていい。何か、相手の虚を突く手立てが。


 遙香はチョ子と遅くまで話し合い、決意を新たにする。

「収納していた化粧品類を戻して! 全部!」

「そうこなくっちゃ!」


 遙香たちは、木箱に直していた商売道具を全部、再配置した。


 絶対に諦めない。

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