ギャルの奇策

「何をする!?」

 頬を押さえ、責めるような眼差しを、エクレールは向けてくる。


「バカ! 死んだら意味ないじゃん!」

 負けじと、チョ子が遙香の気持ちを代弁した。


 エクレールの志は立派である。

 だが、諦めた時点で負けが確定だ。


「そうよ。それでは、私たちのコーデがいいものだって証明にはならない」


 自分たちは、この世に自ら別れを告げる者を送り出すためにコーデをするのではない。

 生きて帰ってきて欲しいから、コーデを施すのだ。


「エクレール様がお着替えしている間、わたしがここを食い止めます!」

 ステッキを構え、マイが魔王を見据える。

「なので、なるはやでお願いしますね!」

 自信はないらしい。


「頼んだわよ、マイ。チョ子、道具を用意して!」


 チョ子は、ダイフグを自慢の双丘から取り出した。

 手を突っ込んで、ミシンセットを召喚する。


「悪いけど、そのポンチョを借りるわ!」

 エクレールのポンチョを脱がせ、チョ子にパス。


「よっしゃ。めちゃカワコーデにしてあげるから!」

 ハサミでポンチョの生地を切り、ミシンにかけていく。


 チョ子が装備を作っている間に、遙香はエクレールの爪を手入れする。ヤスリで表面を磨き、下地を塗り込んだ。


「ねえ、エクレール。頼みがあるの」

「起死回生の策か。よろしい。なんでも聞こう」


 善哉に聞こえないように、そっと耳に言葉を吹き込む。

「お願いできるかしら?」


「なるほど。引き受けよう」

 エクレールは不敵に微笑む。


「本当にいいのね? あんたには相当負担が掛かるのよ」

「こんな面白い作戦、放棄する方がおかしい」


 ならば、やることは一つだ。


「あんたに相応しいカラーリングは決まったわ」


 使う色は、遙香をイメージした青緑と、チョ子を想起させる茶色だ。

 細長い筆を使用して、丁寧にゼブラ柄を描く。

 自分の両手にエンチャントをかけて、人間の速度を凌駕した。一瞬で、ネイルアートが完成する。


「よし。そっちはどう?」


「もち、カンペキ!」

 サムズアップで、チョ子が応答した。


「おお、甚平ね? やるじゃない! さっそく着せるわ!」


 甚平の袖を、エクレールの腕に通す。


「できたわ。エクレ――」


 着替えの完了と同時に、エクレールは飛び出した。


 マイに、大鎌の一撃が迫る。


 遙香は背中のマントを外し、善哉の視界を遮った。

「待たせたわね、マイ!」


「はあ、はあ、あと一歩遅かったら危なかったです」

 マイは、満身創痍の状態になっていた。


「エクレール様。なんとも、ええっっとぉ……アゲアゲなお姿で」

 言葉に困り、チョ子から教わった言語で、マイは誤魔化す。


「それで大正解」

 チョ子も意に介さない。サムズアップをマイに送った。


「バカな。あり得ない!」

 スマホでエクレールのレベルを確認しながら、魔人善哉は困惑する。

「謎だ。どの能力値も上昇していないではないか!」


 エクレールの装備は、特に何ら変わらない。


「ふざけおって!」

 大鎌を大きく振り上げ、エクレールを切り刻まんとする。


 遙香が前に出て、シールドを展開した。サイズの先を引っかける。

「自慢の鎌も、使いこなせなかったら訳ないわね!」


「ちいい!」

 魔人善哉が、サイズを剣と杖に切り離した。

 剣で遙香とエクレールに斬りかかり、魔法でマイとチョ子を牽制する。


 遙香は円になって動き、時々エクレールと攻守を交代して、善哉に剣をぶつけていく。


 善哉のはめている腕輪から、魔方陣が形成された。

 何か大技が来ると予測し、遙香は盾を構える。


「みんなこっち!」

 三人を誘導し、隠れさせた。

 魔法盾を更に大きくして迎え撃つ。


「受けきれるか!」

 善哉の腕から、灼熱のブレスが放射された。

 

「わああああ!」

 威圧感とブレスの熱が、シールドを超えて伝わってくる。

 辺りの岩も溶かし、ブレスは土すら焦がす。


 ブレスが収まったかと思えば、またサイズが多関節を利用し、エクレールの首へと迫る。


 遙香は盾で弾き飛ばした。

「こっちの勝ちよ!」


「それは、どうかな?」

 善哉は、自身の足下を指さす。


 せっかく作った魔方陣が、消えていた。


「そうか、ブレスの爆風で」


 さっき善哉が放ったブレスは、遙香たちを狙った攻撃ではない。

 下の魔方陣を吹き飛ばすために撃ったのだ。


「ハハハ! 魔方陣を作ってエナジードレインを狙ったのだろうが、そうはいかん! 僕が気づかないとでも思ったか!」

 善哉が、ジワジワと近づく。


 遙香は打つ手を失った。


 そう、善哉は思っているに違いない。


 こちらは四人、対する善哉の方は一人だ。


 いくら強いとはいえ、人間は、マルチタスクに対処できない。


 やるべき事柄が増える度、一つしかない脳みそで全てをこなすなんて不可能だ。


 そこに、綻びを生じさせる。


 彼はまだ、遙香の『本当の狙い』に気づいていないはずだ。


 まるで遙香を踏みにじるかのように、善哉はマントの上に足を乗せた。


「いいわ、エクレール!」

 遙香が、その場から飛び退く。


「こっちもオッケー!」


「お願いします、雷帝様!」

 チョ子とマイの合図が飛ぶ。


「エナジードレイン!」

 エクレールが、縁の中心に刀を突き刺す。


 遙香たちが、『遙香のマントに』作り上げた魔方陣が光り出した。


 地面から溢れ出る光が、魔人の瘴気を浄化していく。


「なにいい!」


 遙香たちは、ただ地面に魔方陣を描いたワケではない。

 エナジードレイン用の魔方陣は、マントの方に書いたのだ。

 相手のレベルを殺す秘術を。

 

 地面の魔方陣はブラフ。


 魔法は成功し、魔人からは圧倒的な力を退けた。

 いや、近々失われるはず。


「僕を弱らせたくらいで、倒したとでも?」

 余裕の表情を浮かべ、善哉はマントを蹴り飛ばした。



 相変わらず、魔人との力量差は健在である。



 今のところは。



「ええ、勝ったわ」

 自信満々に、遙香は勝ち誇った。


「な……バカな!?」


 善哉の装備する鎧や兜が、ガタガタと音を立てて震え出す。

 

 善哉と装備品が反発し、全ての武器防具が、善哉の元を去って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る