ギャルの怒り

 遙香と善哉が打ち合う。

 バルログより、善哉の方が強い。

 さすが、最強装備を集めて、レベルカンストクラスまで鍛えただけある。

 万全の準備だ。剣と杖で作った即席武器だと思ったが、想像以上に頑丈である。一対一では負けるかもしれない。


 遙香は鍔迫り合いで、善哉と押し合う。


 全てを手に入れる欲望に取り憑かれた兄は、妹が相手でも容赦がない。


 途端、善哉が唐突に力を抜いた。


 つられて、遙香も脱力してしまう。


 善哉が武器を回転してきた。


 大鎌の餌食になる直前で反応して、腹部への一撃を防ぐ。


 しかし、勢いに負けて、武装が手から離れた。


「もらった!」

 火炎弾が、善哉の鎌から放たれる。

 

 遙香はシールドで、火の玉を弾く。


「ゼンザイ、やめなって!」

 チョ子の銃撃によって、遙香は戦線から離脱し、武器を拾った。


「兄貴、あんたの意見は分かったわ。聞いたわねチョ子。言ったとおり、手加減無用よ」

「最初っからそのつもり!」

 両手に銃を構え、チョ子は引き金を立て続けに引く。


 善哉は、チョ子の連射攻撃を、鎌を旋回させて全て防いだ。


「ウチがフッたのを根に持ってるなら、ウチだけ狙えば!?」


「どどど、どうでもいいだろ!」


 チョ子の茶々が入り、急に善哉の攻撃が雑になる。

 業を煮やしたのか、チョ子にターゲッティングした。


「危ないって、ゼンザイ!」

「ゼンザイと呼ぶな!」

 遠距離にいたチョ子に向けて、善哉が鎌を振り下ろす。

 サイズの棒部分が多関節に変形し、ヘビのようにチョ子を付け狙う。


「うわっと!」

 ダンサーの如き動きで、チョ子もサイズを払いのけた。

「お前に僕の気持ちなんて!」

 善哉が、サイズの棒にローキックを当てる。

 サイズが斜めに移動し、チョ子の逃げた先へ。


「うわっと!」

 イナバウワーよろしく、チョ子が上半身をのけぞらせた。


 黒いサイズが、チョ子の腹の上を通り過ぎていく。

「辛いのは分かるけど、八つ当たりってのはカッコ悪いじゃん?」


「この場所は所詮ゲームじゃないか! 壊したって構うもんか」


 チョ子の目が据わる。


 彼は、チョ子が一番頭にくる台詞を吐いてた。


「はあ? 意味分からないんですけど?」

「遙香! お前も作り物の世界にのめり込んでいるのか? ただ、お前たちを全肯定して、持て囃すだけの世界に!」


「ハッカは、チヤホヤなんかされてない!」

善哉の意見を押しつぶすかのように、チョ子が会話に割り込んだ。

「ここまで来るのに、どれだけ大変だったか。最初はお店も繁盛しなくて、やっとお客さんが入ってきて、嬉しくて。とはいえ、儲けは今でもトントンで。けれど、みんな応援してくれたから、やってこられた! それを!」


 チョ子も、見えないところで弱気になっていたのだ。

 臨戦態勢になったチョ子が、拳を鳴らす。

 目が本気だ。こんな怖いチョ子は初めて見た。


 彼女は、自分がバカにされて腹を立てる女じゃない。

 自分の都合だけで、街の人に迷惑をかけた相手だから怒っているのだ。


「きれい事を。どうせキミも、僕がオタで気味が悪いからって、排除するんだろ?」

「はあ? キモいのはあんたの性根っしょ。オタがみんなうっとおしいなんて、偏見」

「嘘だ! みんな陰で僕を指さして笑っているんだ!」


「だろうね」

 つららのように冷たい一言を、チョ子が放つ。

「今のゼンザイはさ、カッコ悪い。すぐ悲観的になってさ。そういう態度が人を遠ざけるんだっつーの! オタとか関係ないから!」


 ある意味、とどめを刺した一言である。

 チョ子はこういった場合、徹底的に言葉を選ばない。

 下手に気遣うと、相手が増長してしまうからだ。


「どうしちゃったの、ゼンザイ? 昔のゼンザイって、思いやりがあったじゃん! ウチに偏見だってなくてさ。それなのに!」


「うるさい! 貴様も、このくだらない世界の味方をするのか! お前の両親は、お前の理想なんて聞きはしない。僕の親みたいに、無難なルートを勧めてくるんだ。切り捨てる覚悟はあるのか?」


「快適だし! ウチは両親大好きだし、切り捨てるつもりもない。でも、ウチが家を継ぐのってなんか違う気がするんだよ。いくら老舗っつっても。ウチはもっと挑戦したい! と言っても、家じゃ変化は起こせない。それは分かってる! でもさ、お嫁さんなんかになったってさぁ、結局は逃げてるだけじゃん! ウチはもっと違う形で、自分の力で勝負したいんだ! ハッカみたいに!」


 この局面で、チョ子はようやく、自分の道が開けたらしい。

 チョ子のことを、遙香は素直に、応援をしたくなった。


 少し、気恥ずかしいけど。


「どいつもこいつも、本当の僕を分かろうともせずに! 許さない!」

 チョ子が火を付けたのか、善哉の背後に纏う妖気が、膨れあがる。


「何あれ、どうなってるの?」

「善哉のネガティブな感情を、魔王が増大させたのよ。今の善哉は、魔王の甘言に載せられてしまっている。彼の中の魔王さえ倒せれば」


 今の陰湿な性格は、彼の心が弱かった部分にある。

 それでも、大元の原因は魔王の仕業だろう。

 魔王が彼にネガティブな感情を植え付け、操っているのだ。

 だが、遙香たちは善哉に傷一つ付けられない。装備が強すぎるのだ。


 どうすれば、あの化け物を退治できる? 起死回生の策は……。


「なあ、ハッカ、チョ子、ワタシに死化粧を施してくれないか?」

 こちらが凍り付くような声で、エクレールは言い放つ。


「何を言うのよ?」


「あれには、己の全力をかけねば勝てぬ。ならば、華々しく散っていきたい」


 達観したような表情で、エクレールは覚悟ある言葉を紡いだ。


 遙香は、チョ子と視線を交わす。


「ふざけんなーっ!」

 エクレールの頬に、遙香とチョ子は同時にビンタを食らわせた。

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