ギャルの兄、圧倒的

「魔人が同じプレイヤーだとは聞いたわ。まさか、兄さんだったとはね」



 悪い冗談ならば、メイプリアスを管理する神はセンスが最悪だ。


 眼鏡越しに、善哉は遙香たちに憎悪の眼差しを向ける。

「我が妹、遙香よ。よくも、ここまでやってくれたね。僕の王国作りの邪魔をした罪は重い!」

 善哉は、言葉遣いまで大袈裟になっている。

 メイプリアス周辺で手に入るであろう最強の装備品を、すべて装着し、すっかり魔王気取りだ。

 剥き出しの頬や腕には、漆黒のタトゥーが彫られていた。自身が悪魔の眷属であることを誇示するかのように。



「ダッサ!」



 それを見たチョ子の感想が、これである。

「あんなダッサイ装備できるの、この世にいたんだ! よくあんなの着て、人前に出られるよね?」


「人間じゃないわね。あそこまで行くと」

 遙香も同意見だ。


「自我や本心、自己を失うと、人間はあそこまで醜くなるのですね?」

「同感だ。あれこそ、悪魔に魂を売った人間そのものだよ」

 マイやエクレールも、魔人の容姿を全否定した。


 だが、あのような効率重視のプレイスタイルは、間違いなく善哉なのだ。 


 確かに、見た目はいただけない。特に、「強いからと言う理由だけで身につけた」のが、一番ダメだ。

 人は、それを没個性という。


「でも、あいつが腕にはめたアイテム、『隠者の腕輪』ですよ! きっと盗み出したんですよ。遺跡から!」

「あれをすべて装着するには、レベルがマックスの七〇が必要だ、あの男、その域に達している」


 善哉の装備は全て、レベルマックスでないと装備できない。


「魔物が要塞に大勢いた理由が、今ごろ分かったわ」


 同時に、なぜ一気に王都まで攻め込まなかったのか。


 要するに、延々とレベル上げと、武装を探していたのだ。

 敗色濃厚になる展開を迎えるまでずっと。

 強い装備を集めて。


 最強でなければ、気が済まなかったのだ。


「そういえば、兄貴はレベルカンストするまで絶対にクリアしないマン、だったわ」


「しょうもない理由だね、ゼンザイ」


 チョ子はそう言うが、これは理屈ではない。


 昔の遙香がこういうタイプだった。

 困難に一人で立ち向かうには、万全の体制で挑まなければ、という強迫観念に突き動かされるのである。

 ソロプレイヤーの性、とでもいうべきか。


「だが、強さは本物だ。ワタシでも、命がけで戦わねばならぬ」

 エクレールだけが本気モードだ。それくらいせねば勝てないのだろう。


「でもさ、武器だけが別の形だね?」


 エクレールが教えてくれた最強装備の中で、唯一違う点がある。


 武器が鎌なのだ。


「杖と剣を融合させたのだな。素人には扱いづらいが、レベルを上げてきたなら。手強いぞ、ハッカ殿」


 これなら、魔法と攻撃を同時に行える。

 いかにも合理主義な兄貴らしい武器だ。


「最強マニアか。こりゃあええ。よっしゃ、パーティじゃ!」

 ヒゲを撫でた後、白き騎士は人影に突進していった。

 ミスリル銀という特殊な材質で武装した騎士は、人影に触れた途端、数十メートル先まで吹き飛ばされた。


「何をされたの!?」


 敵の動きが、まったく見えない。

 剣で倒されたのか、魔法を打たれたのか。


「相手のパイクを片手で持ち上げて、投げ飛ばしたのだ」

 エクレールは戦慄している。 


 思わぬ事態に驚愕したのか、女バルログは対応が遅れた。

 不格好な体勢から斬りかかる。

 

 本来なら、ミスリルの騎士と連携を取るつもりだったのだろう。


 バルログ女は、善哉の初撃を難なく回避した。カウンターで柳刃刀を振り下ろす。縦横無尽に全方位攻撃を打ち込んだ。

 モンスター討伐依頼を蹴ったのも頷ける。楽な任務では満足できないんだろう。


 攻撃のことごとくを、魔人善哉は片手で大鎌を操るだけで防いだ。しかも、バルログの剣より早い。

 懐に飛び込もうとしたバルログのみぞおちに、石突きを一発見舞った。

 動きが止まったバルログの腹に、刃が深々と突き刺さる。


 腹を貫かれた女バルログは、膝を突いてうずくまった。


「レベル六〇の冒険者二人を、ああもあっさりと」


 歴戦の英雄すら驚愕させる。


 これが、魔人か。


「ま、まだ終わっとらんわい!」

 息も絶え絶えの騎士が、半身を起こして、槍の先を魔人に向ける。


 魔人の視線が、騎士に移った。


 そのスキに、遙香はバルログの側に近づき、傷を癒やす。

 幸い、死んではいない。


「くらえや!」

 槍の先端が、ロケットように魔人へと飛んでいった。

 あれが、騎士の切り札らしい。


 しかし、魔人は何も驚くことなく、武器で撃ち落とす。


 唖然とする騎士に、魔人は反撃の火炎球を放った。

 武装を一部溶かされたが、騎士はかろうじて生きている様子である。


「いい? あの騎士を連れて逃げなさい」

 騎士を回復させるためのポーションをバルログに渡す。


 相手に歯が立たないと悟ったバルログの動きは速かった。

 彼女は騎士を抱えて、王都へと向かう。


「おっかないね」

「ええ、かつてない大ピンチだわ」


 しかも、遙香たちの前に現れた魔人は、遙香たちのよく知る人物だった。


「手加減はしないわ、兄さん」


 今の善哉は、魔王に取り込まれている。

 元に戻す方法は、彼を退治すること。


 こうなってしまった以上、遙香は引き下がるつもりはない。


「お前も、クリアして帰りたいよな?」

「違うわ。別に私は、攻略したいからあんたを倒すんじゃない。あんたがマジでムカつくから、こらしめるのよ」


 彼は、遙香から大事なものを破壊しようとした。


「交渉の余地なしか。よかろう。その方がこちらも本気を出しやすい。このように攻略するのだと教えてやる」

 善哉が武器を構えた。珍妙なポーズまで決める。


「ねえハッカ、どうしても戦うの?」

「彼は多分、ここをゲームだと思い込んでる。神様からすると実際そうなんだけど、彼は神様じゃない。あいつは、善哉はメイプリアスを大事に思っていない。だから、やっつけないと被害が拡大する」


 善哉にとって、メイプリアスは単なる自己実現の場だ。

 ただ、自分を輝かせてくれるだけの舞台だと。


「あなたに、メイプリアスは任せられない!」


「元々奪うつもりだったから結構! 我は強くなった! 今ならなんでも力尽くで手に入る! 領土も、世界も、チョ子もな!」


 なるほど、コイツの正体が、遙香には分かった。


「あんた、本物の善哉兄さんじゃないわね?」

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