ギャル、ラスボスと対面

 数刻の後、遙香たちは持ち場についた。


 王都前の荒野で、四人は魔人の侵攻を待つ。


 とはいえ、遙香の意見に同意しない冒険者もいた。


「向こうで魔物の相手をして欲しかったんだけど?」


「ハン、群れるのは好かん!」

 重装備で身を固めた中年騎士が、腕を組む。

 元々、言葉の訛りがきついのか、広島弁だ。

 鎧も担ぐパイクもすべてミスリルという魔法銀の製品らしい。


「それに、こちらの方が楽しめそうやけん。独り占めはいかんぜ」

 ミスリルパイクを片手で弄びながら、騎士が豪快に笑う。

「心配せなんでもええ、ワシらはレベル六〇越えの冒険者じゃ。魔王ベリーアルの使徒に後れなど取らんけん。のう、ご婦人」


 もうひとりは、バルログ族の女性である。

 赤い皮膚を黒のレオタードで包み、筋肉質だ。敵対勢力であるエルフとは違う。

 穴の空いた幅の広い柳刃刀を、曲芸のように弄ぶ。

「エルフ族の指図など受けない」

 魔人を待つ眼差しからは、敵対心が滲む。

 バルログの少女は、エルフ族である雷帝エクレールを意識しているように見える。


 一方、レベル七〇のエクレールは、彼女の視線などまるで意に介していない。


 騎士もバルログも、手柄を横取りされたくない気持ちはあろう。だが、漂う雰囲気から見ると、おそらく好奇心の方が強い。


「なんかドデカい獲物が来おったけん!」

 騎士が地平線の遙か向こうに目を向ける。


 最初は、ポツンと影が見えただけだった。影は段々と大きくなっていく。

 黒い、四本足の塊が、城に向かってくる。


「何あれ、犬?」とチョ子。


 確かに、シルエットは犬だ。


「それにしては大きすぎるわ」


 犬の影は、ゾウくらいのサイズほどあった。

 赤い舌が覗く口から、だらしなく唾液を垂らす。


「アレは、フェンリルだ!」

 遙香とチョ子の胴をつかみ、エクレールが飛び上がった。


 同じタイミングで、人食い狼の前足が、遙香たちのいた場所を踏み潰す。

 正気を失った瞳が、上空にいる遙香たちを映す。

 裂けた口は、獲物を前に笑っているようにも見えた。


 狼の口が、地獄の入り口のように開く。

 このまま落下すれば、狼の口の中へ一直線だ。


「しゃらくせえわい!」

 騎士のパイクが、軽々とフェンリルの首を薙ぐ。


 エクレールが無事、着地する。


「助かる」

「油断は禁物じゃ」

 エクレールと騎士が言葉を交わした。


 脳しんとうを起こし、フェンリルがふらつく。


 女バルログの柳刃刀が、巨大狼の首をはねた。


 さすが、レベル六〇越えの冒険者だ。群れるのを嫌がるのも分かる。


「思ったとおり、主戦力をこちらに向けてきたわね」

「このワンちゃんが、魔王なん?」


 首なし狼が、灰となって消える。


「いいえ、狼は、ただの乗り物だったようね」

 空に、黒雲が渦巻く。

 雲の真下にいる人影が、紫色の瘴気を放った。

 周囲に砂塵が舞い、シルエットだけが浮かぶ。


「来たぞ、本命が」

 女バルログが、柳刃刀を構える。


 砂煙が、敵の横一文字によって払われた。砂嵐を切り払ったのは、死神を思わせる大鎌だ。


「やはり、この程度のモンスターでは相手にならぬか」

 纏う気配も、声すらも黒かった。

 声にまとわりついた瘴気のせいで、声の質までうまく聞き取れない。

 身の丈を超える長さを誇り、大剣と見紛う大きさを携える。柄の部分は刃に釣り合わないほどに細い。


 思いつきで、遙香は、ダイフグを呼び出す。


 目の前にいる男の腕が、胸元に伸びた。

 何かを手にし、耳元に当てる。


 コール二回で、相手は出た。


『遙香か?』


 聞き馴染みのある声が、ダイフグから聞こえる。


「やはり、あなただったのね、兄さん」


 世界を混沌に導く魔人の正体は、遙香のよく知る人物だった。


「あれ、ゼンザイじゃん!」


 メイプリアス支配をもくろむ魔王ベリーアルのしもべ、魔人。


 その正体は、ゼンザイこと、遙香の兄、白雪しらゆき 善哉よしやだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る