ギャル、異世界でネイルを始める

「まずは頭装備。エクレール、マイ、何か伝説の帽子は?」

「有名なのは、『大鷲の兜』ですかね。仮面の部分が鷲の顔になってて」

 ペンを遙香が走らせようとした。

 だが、実物を見たことがないから筆が進まない。


「大鷲の兜なら、図鑑で読んだな。挿絵もあった」

 エクレールがペンを取り上げて、スラスラと紙に絵を描き始めた。


「うまいわ。それに、実物も知っているのね」


 子どもの抽象画みたいだが。

「これでもエルフだからな。博識なのだ」


 遙香が筆を取り返し、エクレールのイメージを参考に清書した。


「こんな感じ?」

「実に正確だ。すごいな。言葉で伝えただけでここまで精巧に描写できるとは」


 ついでに、鎧や盾、手足の装備なども描いていく。


「鎧なら、『アンバーメイル』でしょうか?」

「いや、『血塗れドクロのアバラ』という胸プレートだな」

「呪われているじゃないですか」

「防御力だけで言えば、トップクラスだ」


 二人だけで通じる会話が飛び交う。

 完全に、遙香とチョ子が蚊帳の外へ。

 

 しかし、なんだか楽しい。

 ずっと業務的な勉強ばかりで、イラスト作業を面白い思う暇がなかった。

 こんなに集中してペンを走らせたのは、何年ぶりだろう。


 小一時間が経過して、イラストが完成した。


「だっさ!」


 できあがったビジュアルに対して、チョ子が言い放つ。


 チョ子だけでなく、遙香たちも同意見である。


 ずんぐりむっくりした鎧。

 無駄に禍々しい腕輪。

 それに対して反対の手には、清潔感のあるバックラーを。

 物理攻撃も魔法も同時に扱えるように、剣と杖を両手に持たせてみた。

 寄りにも寄って、電柱のような大剣と細いステッキである。非常にバランスが悪い。


「ありえないわね。こんなデザインが最強装備だなんて」


 一言で言うと、変態クリーチャーだ。

 出会ったら、一刻も早く駆逐しなければならない。


「ひどいな、これは。まるで着る公開処刑だな」

 エクレールの言葉は、まさにパワーワードだ。


「夢に出てきそうですぅ」

 マイに至っては、青ざめて絶句している。


 最強を追求していくと、ここまでヘンテコな造形になるのか。


 遙香の負けである。

 利用者が長生きできれば、と思っていたが、複雑に考えすぎた。


「いきなり結果を求めすぎたかも知れないわ」

「気持ちは分かるんだけどね。早く順調な生産ラインに乗せたいもんね」


 少し焦りが出ていた。頭を冷やす必要がある。


「こんばんは。まだ空いているかい?」

 客が入ってきた。当店をひいきにしてくれているパン屋だ。

 いつもは腰痛用の湿布を買ってくれている。


 カウンターに隠れたマイを、チョ子が見過ごさなかった。

「ささ、マイちゃん。お仕事お仕事」

 マイの肩を掴み、客の前に連れ出す。

「わ、わたし滑舌が悪いので」

「練習練習。あのお客さんは常連だから怖くないって」


 チョ子に背中を押されて、マイが接客に当たった。

「いいいいい、いらっしゃいませぇ」

 段々、声がか細くなっていく。


「石窯の調整をしていたら、爪が割れちゃって。包帯はないかしら?」

 パン屋の手を見せてもらう。

 右の人さし指が腫れていた。

 わずかに爪が割けて、血が滲んでいる。

 

 この店は薬品系の品揃えが多い。

 ドーラの知恵を借りているのが理由だろう。

 いっそドラッグストアでもした方が金になるのでは、とも思えてくる。


「あああ、ここ、こちらです!」

 マイが差し出したのは、長い爪のついたグローブだ。

 ヒモを包帯と間違えたのだろう。

 色が全く似ていないが、それだけマイが緊張していたと思われる。


「ちょっとマイ、こっちよ。失礼しました、お客様」

 遙香が棚の奥から包帯を出して、パン屋に渡す。


「ももも、申し訳ございません!」


 いいのよ、とパン屋は包帯を抱えて帰って行った。


「売れない道具屋として終わっていきそうね。このお店」

 なんのアイデアも出せず、静かに。

 だが、客が喜んでくれるなら、それでもいいか、と思えてきた。

 弱気になっているのは分かっている。

 しかし、今後どうやって店を盛り上げていけば。 


「これだ!」

 また、チョ子のスイッチが入ったらしい。


「今度は何よ、チョ子?」


「ネイルアートだよ! ウチはさ、ネイルアートをやるなんてどうかな?」


 遙香の脳が高速回転を始めた。

 自身がデザインするネイルアートを目当てに行列ができるビジョンまで浮かぶ。

 しかし、その妄想をすぐさま消し去った。


「いいとは思うけど、ここの世界だと家事が難しそうよ。色々な問題をクリアしないと、浸透しなさそうね」


 長い道のりを想像し、遙香はうなだれる。


「だったら付け爪は? 取り外しも簡単で、魔法で効果があるってカンジで売ってくんよ」


 スカルプチュアのような、樹脂を爪に直接塗りつける技術は不可能だろう。

 しかし、乾燥させた樹脂を付け爪に加工するならあるいは。

 あらかじめアートを施した樹脂製の爪を付ける。

 この世界でもファッションとしては申し分ない思えた。


「コスト的に、軽い魔除け程度でイイかしら?」

「いいんじゃないかな? あとは、結婚式用のブライダル付け爪ってのもあるし」

「じゃあ、イラストは考えてくれない? 保護魔法は私が処置するわ」

「その意気だよハッカ。そうと決まれば、早速素材を吟味しないとね」


 チョ子が気合いを入れると、エクレールが懐から石のような物質を取り出す。

 日光にかざすと、橙に輝いた。


「琥珀だ、これは樹脂が化石化した物質だ。原理は同じだと思うのだが」


 遙香は、オレンジ色の光に心を奪われる。

「これはいいわ。でも、高級品ね。とびっきり豪華なアートにしちゃいましょう」

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