ギャル、商業ギルドに礼を言われる

 三人は酒場の裏にある扉を開いた。


 短い階段を抜けると、従業員の案内で、応接室に通される。

 酒場の女主人から、話がしたいらしい。

 彼女こそ、商業ギルドの責任者だという。


 応接室には、一人の女性がソファで足を組みながら待ち構えていた。背もたれに両腕を預け、高圧的な態度で、遙香たちを出迎える。


「いらっしゃい、三人とも。わたしが商業ギルドの責任者代行、ロゼットだ」


 なんと、商業ギルドの責任者は、宿の女主人だった。

 だが、雰囲気がまるで違う。言葉遣いも服装も。


「意外って顔をしているね。でも、おかしいとは思わなかったかい? 若い三人娘がセクシーな服装で接客なんてやってれば、必ずスケベ冒険者共がちょっかいをかけてくるもんだろ?」


 言われてみれば。

 要するに、ロゼットが目を光らせていたから、遙香たちは冒険者たちからセクハラを受けずに済んでいたことになる。


「あのさあ、ロゼットさんって、ひょっとして元ヤン?」

「この世界にヤンキーなんていないわよ。チョ子」

 遙香が、チョ子の袖を引く。


「どういう意味なんだい、元ヤンって?」

「昔、ヤンチャ者だったかって意味よ。元ヤンチャなガキって意味」


 遙香が嘘の解説すると、ロゼットは豪快に笑った。涙が出るほどに。


「荒くれ者だったか、って意味なら、そうだね。これでも結婚するまで、暴れ回っていたんだよ」

 ケンカに明け暮れていたところで、フィンに完敗して結婚を決めたという。


「代行って言ったわね。責任者は誰なの? どこに?」

「三賢者なら、厨房で明日の仕込みをしているよ」


 つまり、酒場のオバチャンたちが、商業ギルドを取り仕切っていることになる。


「一人が胃袋を掴み、一人が会計を担当する。最後の一人は接客によって、冒険者達の言葉に耳を傾ける。これが、三賢者の仕事さ」


「商業ギルドの実情を知るものは少ないってわけ?」

「秘匿義務さ。色々あって、三賢者は身分を隠してる。表向きは私が責任者扱いだよ」


 ギルドの内情を把握したところで、本題に。


「あんたらが活躍してくれたおかげで、物流の流れがスムーズになったんだ。この寂れた街を、フード運営で活性化してくれた。三賢者にかわって礼をいう」


 テーブルには、メイプリアスの地図が広げられている。

 大きな大陸の一番左端に、細長く伸びた半島。

 これが、自分たちの暮らしている地域だそうだ。


「西が、私たちの街、ウィートだ。中央に、街を取り仕切る王国がある。そこを挟んで東に、ドーラが捕まっていた洞窟。ここが、港町を塞いでいた。そして北には、魔王が治める要塞と」


 遙香たちが利用したルートは、商品や物資を最短距離で運搬する重要な街道だったらしい。

 今まで、国の騎士団や冒険者達に依頼しても、後回しにされていた。辺境のライフライン確保より、反対方向にいる魔王の討伐を優先しているためだ。


「西側は農場や牧場で回しているから、麦と野菜には困ってなかったんだ。が、東の漁業系が完全にストップしていたのさ」


 遙香たちがモンスターを撃退して、道を開放したことで、今まで滞っていた物資の流れがスムーズになったのだという。


「あんたらのおかげで、大体の情報が掴めた。一連の事件は、すべて魔王の仕業だ」


 どうも、魔王の目的は、各都市の物流ラインをせき止めて、王国を兵糧攻めするつもりだったらしい。用意周到な魔王だ。


 話が終わり、「さて」と、ロゼットは手をポンと叩く。

「酒場で出している料理なんだけど、アイデア料を支払おうと思っている。売り上げの二割で手を打たないか? 店をやるなら、仕入れ代金が必要だろ? 取っておいてくれ。三割は勘弁な。こっちの利益がヤバくなる」


「一割で。後は、自分たちで稼ぐわ」


 ロゼットは、唖然とした顔になる。


「マジで言っているのか? ほぼ利益ゼロじゃないか。こっちとしてはありがたいけど」


 実際、利益ゼロでも構わないとさえ思った。

 こちらとしては、地球の料理が食べられれば。

 しかし、ロゼットの性格から見て、かえってプライドを傷つけてしまう。


「それ以上もらうと、甘えてしまうわ」

「意地があるんだね」

「自分を追い込まないと、本気になれないだけよ」


 ロゼットは微笑みながら、うなずく。

「分かった。売り上げの三割で手を打とう」


 困ると言った額まで、ロゼットは値段をつり上げてきた。


「勝手に決めちゃっていいの? 辛いんじゃないの?」


「こっちも義理を通しただけさ。取り分が増えたくらいで屋台骨が傾くような店じゃないんでね。ただし、条件がある」


「承知したわ。何をすれば?」


「新メニューを提供してもらいたい。酒場では、腹にドンとたまるようなもんを頼む。宿屋は、女性客を呼び込みたいから、甘い物が欲しいかな」


 仕事は増えたが、その分利益は出すというので、引き受けることに。


「酒場のメニューは私が。スイーツはチョ子が担当するわ」


 ひとまず、フード部門はプロに任せた方がいいだろう。


 帰宅後、突然、ダイフグが震え出す。


「何かトラブルがあったの?」

「ちゃいます! 着信ですわ!」

 誰からだ? 妖精王から伝言か、と思ったが違う。


 着信元を見る。兄の善哉よしやからだった。


「兄さん!?」

 ダイフグを掴み直し、耳を当てる。


 定期的に、兄は遙香だけに連絡をくれていた。今日で、実に二週間ぶりではないだろうか。


「ええ、今チョ子と一緒なの。変わろうか?」

 遙香がチョ子にダイフグを渡そうとした。


 しかし、チョ子は首を振るだけ。

「二人で話しなよ。兄妹水入らずってことで」


 ならいいが、妙にチョ子はよそよそしかった。


 特に報告だけで、金に困っているわけでも命の危険もないそうだ。

 そう言って電話は切れた。

 いつも通りの素っ気ない会話である。だが、無事ならそれでよかった。


「あなたも話せばよかったのに」

「だってさ、ウチ、嘘ヘタだし。ついポロッと、異世界のこと、話しちゃいそうじゃん?」


 それはそうだが。


「あの現実主義者が信じるわけないでしょ? それより外部と連絡できるのね?」

 遙香の問いかけに、ダイフグは難色を示した。


「まあ、一応は。せやけど、こっちからは無理でっせ。今日電話できたんも、なんか、電波がたまたまこの世界に乗っただけ、みたいでっさかい」


 それは知っている。実際自宅に電話をかけてみて、ダメだったから。

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