ギャル食堂、改善!

 数日後、異変が起きた。


 酒場では、オムライスやカツ丼を豪快にかきこむ冒険者たちの姿が。

 店内では、三人のオバチャン達が見事なチームワークで客のサイクルをコントロールしている。素人だらけのこちらとは大違いだ。


 オバチャン達の怒りを買って、レシピを盗まれた? 

 真っ先にそう思った。

 酒場の料理人はプロだ。

 一度食えば、再現など容易だろう。

 しかし、本来彼女たちの売りは酒の肴だ。

 ライバル店としての脅威がこちらにあるとは思えない。

 となれば、心当たりは一つだ。


「あんた、大事なレシピを全部酒場に譲ったでしょ?」


 チョ子を問い詰めると、彼女は白状した。

 向かいの酒場に、レパートリーの書かれたレシピを全部渡してしまったという。


「どうしてよ? ウチの店を潰す気なの?」


「だってさ、見てよこれ」

 ダイフグを取り出して、チョ子が画像を差し出す。

 店で出していたオムライスの写真だ。


「えらくシンプルね。マイが作ったものとは形が違うわ」


「お客さんのサイクルがすごくてさ。料理が作業になっちゃって。男性客が多かったから、手間を省いた方がいいのかなって。味は一緒で、ボリュームだけ増やしたんだよ」

 チョ子にしては、えらく弱気な意見である。


「お店は大繁盛よ」


「言えてるんだけど、ウチらは女子のためにお店を出してるわけじゃん? なのに、オッサンが占拠してたら入りづらいよ」


 言われてみれば、ここ数日で客層がどんどん暑苦しくなっていくのは感じていた。


 真っ当な指摘を受けて、口をつぐむ。

 遙香は儲けのことしか考えていなかった。

 顧客の層を固定する余裕がなかったのである。盲点だった。


 遙香が気づけなかった穴を瞬時に見抜いて、チョ子は解決策を提供したのだ。


「だからって、ちゃんと相談してくれなきゃ! 一人で解決しようとしないでよ!」


「ゴメン。けど、この経営は失敗だよ、って持ちかけてもさ、分かってもらえるか不安で」


 悔しいが、否定できない。

 ビジネス成功の美酒に酔いしれていた。


 チョ子のアドバイスを受け入れる隙間があっただろうか。

 ましてチョ子は経験者。素人である遙香より、客を観察する能力に長けている。


「ドーラさんやロゼットさんに話したら、そういう場合は、自分の考えを強行しろ、って言われたんだよ。結果を見せれば、相手の頭も冷えるって」


 チョ子も悩んでいたのだ。結果を残しているパートナーに、冷や水をぶっかけるのだから。


「そうだったわ。私もときどき、一人でラーメン屋さんに入ろうと思っても、店内が男性客ばかりだと尻込みしちゃうものね」


「だしょ? だから、オッサンらには酒場で腹一杯食べてもらって、ウチらは女子向けのメニューを出そう。軽食がメインのさ。ファーストフードみたいな」


「いいわね。収入が減るのは残念だけど」


「それなんだけどね、営業が終わったら酒場に来てって。商業ギルドっていう団体が、ウチらに用事があるそうだよ」


 少し怖い。ギルドの縄張りでも荒らしたのか?


「ごめんなさい、チョ子。一方的に責めて」

「ううん。こっちこそ勝手なことしてゴメンね。次はちゃんと相談するから」


 気を取り直して、夕飯は酒場で食べようと提案した。

 さすがプロの技だ。

 チョ子のレシピを基本に、この世界の住人に合うように調節されている。



 翌日から、宿の食堂に女性限定のスペースやメニューを設けた。


 看板も黒板にイラストを描くなど、可愛らしくアレンジ。

 それにより、男性客をギルド隣の食堂へ自然と行くように誘導してある。

 そのおかげか、女性客も少しずつ戻ってきた。

 

 だが、問題は終わらない。


「ハッカ、ダメだこりゃ」と、厨房のチョ子がまた弱音を吐く。


「今度は何よ?」

 儲けは無双とは言わないが、とんとんのはずだ。

 何か落ち度があるのか?


「見てこれ。めちゃ残してる」


 客が食べ終わった皿や小鉢には、半分近く食べ残していた。


「美味しくないのかしら?」


 やはり、素人の料理では満足できないのか。

 無双の道は険しい。


「違うって。量が多すぎるだけ。ウチらの相手は冒険者だけじゃないじゃん。ガッツリ食べる人だけじゃないんだよ。でもさ、珍しい料理なら、なんでも味見してみたいじゃん? だから頼みすぎるみたい」


 こういった観察眼は、チョ子ならではである。


「だとすると、単純に量を削ればいい?」


「うん。ボリューム少なめで。その分、デザインは可愛くしよう。ギリギリまで減らして、値段も抑えてみよう。よくあるじゃん。小さいサイズを二つ頼んだプレートが五〇〇円! みたいな」


「つまり、定食かセットみたいな?」


「お子様ランチ! あれくらいをチョイチョイってつまみたい」


 少なすぎではないだろうか?


「これを千円で出す。その代わり、お茶とかのドリンクは一杯サービスしようよ」


「高すぎない?」


「サービス業ってさ、ただでさえ維持が大変だもん。従業員だって人間だよ。だから、多少割高で提供する。でも、最高のおもてなしを目指そう。評判が悪かったら、二〇〇円ずつ料金を下げよ。それか、値段そのままで、ケーキも付けちゃう」


 賭けだと思った。だが、リスクは少ない。


 結果として、チョ子のアドバイスは当たった。

 さすが店舗経営者の血を引いているというべきか。


 お子様ランチほどしかないセットプレートを提供したら、飛ぶように売れたのである。

 少量のメニューをバラバラに頼めるシステムが大受けした。

 値段を高めに設定している分、デザインに最も気を使っている。


 これがチョ子の女子力か。

 値段設定を高くしたおかげか、店内の質も保たれている。


「ん? 何か紙が置かれましたよ」

 オムライスを食べ終わったマイが、テーブルにメモ用紙が載っているのに気づいた。


 遙香はメモを取って広げる。途端、顔が青ざめた。


 メモにはこう書かれている。


「今晩、酒場の反対側に設置されている扉に入ること」と。

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