ギャル、ミシンゲット

「くっそバカな。勝負はこれからだぜ!」

 大ダメージを負いつつも、まだバルログは立ち上がろうとした。


「ミシン一台くらいで、なんて執念?」


「魔物にはプライドってもんがある。女の子に負けたとなりゃあ、変態の名が廃る!」

 変態だとは自覚していたらしい。


「もうやめてください!」

 危険を顧みず、マイが遙香を押しのけた。


「マイちゃん、危ないって!」


「いいんです!」

 マイが、チョ子の静止も聞かずに、両手を広げる。

 四つん這いになったバルログを見下ろす形で。


「もう勝負はつきました! 我々は、あなたの命まで奪う気はありません。我が祖母ドーラの件も、ミシンさえくだされば水に流します。お願いします。ミシンを譲ってください!」


「どうぞもらってやってください」

 バルログは即落ちした。土下座で。


「じゃあ、ミシンは拝借するわ」

「どうやって持って帰るんだ?」


「心配ないわ。そのためのダイフグよ、チョ子」

 チョ子の胸元から、ダイフグが勢いよく飛び出す。ビーズでデコレーションされたピンク色のダイフグは、いとも簡単にミシンを飲み込んだ。


 あとは帰還するだけ。帰巣本能の宝珠を取り出した。


「待て!」

 バルログ族が、遙香を呼び止めた。


「オレ様を見逃すのか? 本当にミシンだけが目当てだってのか?」


「そうよ。他に何が?」


「情報とかは、いらないのか? オレ様が魔王と繋がっているか、とか」


「大方その辺りでしょう。でも、あんたを問い詰めて口を割るの?」


 不敵な笑みを、バルログ族は返してきた。

 これが答えと捉えていいだろう。


「オレ様を見逃したら、またドーラをさらう可能性だってあるんだぜ?」


「ないわね。あんたはドーラには手を出しても、ドーラの孫にまでは関心を示していない」


 奪還されたのに再度狙わなかった。

 ドーラに対してそこまで執着していない。

 自分のレベルを下げてまで監禁していたのに。


「つまり、あんたは雇われているだけ。大方、エクレールかドーラ、いずれかを足止めするように頼まれた。違って?」


 感心したような形相になり、バルログは目を見開く。


「否定しないのね。まあ、それだけ分かれば、あとは黒幕を探し出せばいいだけよ」

「なんて洞察力だ。まるで探偵だな、お前さん」


「ただの冒険者よ」と、遙香はかぶりを振った。


「じゃあ、そんな冒険者に、オレ様からのプレゼントだ。ミシンをもう一度出しな」


 チョ子は、ミシンをダイフグから出す。


 バルログ族は、ミシンに向けて手をかざした。

 稲妻のような光が、大きな手から放出される。

 てっきり破壊されたのかと思ったら、違う。

 ミシンの隣に、ボタンだらけの機械が取り付けられた。機械には、鏡や宝石の類が付着している。


「これは? ミシンに細工をしたの?」

「古代技術の一つだ。前衛的デザイン機能を追加した。使うだけで思い通りにデザインができる代物だぜ。他にも、足踏みしなくても使えるように作り替えたぜ」


「なにそれすっごい。サンキュー」

 チョ子がミシンを抱きしめた。


 バルログは、遙香たちに背を向ける。

「この地域を離れる。オレ様を見逃したこと、後悔するなよ」


「期待しないで待ってるわ」

 だが、歴戦のバルログにエナジードレインのような自己犠牲を伴う魔法を指示したくらいだ。魔王は、手強い相手に違いない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る